【来店】

 ――ビーチカフェ「さんきんぐ」。海を見下ろす少し小高い位置に建つその建物は、雨ざらしだった廃屋を改装したというわりに、今では鮮やかな外壁と手作りの木製テーブルを配したオープンテラスがあり、非常に目立っていた。
 ディアナは額の汗をぬぐいながら扉を開け、中に入る。

 昼下がりの時間帯でも、店内は客でそこそこ埋まっている。ステージのように高くなった場所はないが、カウンターとオープンキッチンがあり、そこに立つのは黒髪で割と細身の男性――彼が慌ただしく、鉄板で何かを焼きながら客の対応をしている姿が見える。

 「……ふむ、あれがクラーケン討伐の男か?」

 ディアナは訝しむ。オーラを視認すれば、どうにも普通の人間としか思えない。
 彼女は冒険者としてある程度訓練を積んでいるので、魔力を持つ存在は“違った空気”を発しているのが分かるのだ。しかし、どう見てもヨウイチからは魔力らしき気配が感じられない。

 「(どういうことだ……?)」

 疑念を抱きつつ、ディアナは空いているテーブル席へ腰を下ろした。しばらくすると、ヨウイチが走り回りながらメニューを差し出してくる。

 「いらっしゃいませ~! オーダーお決まりでしたらお伺いしますよ?」 「え? あ、ああ……」

 ディアナは店の黒板に書かれたメニューをちらりと見た。「本日のランチセット」「冷えた果実のジュース」「海鮮ミックスの鉄板焼き」「特製カレープレート」など、どれも聞き慣れないが、妙に魅力的な響きがある。とくにカレーという料理は珍しく、スパイスの香りが食欲を刺激してきた。

 「じゃあ、その……“特製カレー”というのを頼むわ。あと水も」

 「かしこまりました! 熱いので、席の扇風機を回しますね」

 ヨウイチは、手作りの魔石扇風機を回転させて風を送ってくれる。さわっとした涼風が額に当たり、ディアナは少し恍惚とした表情になる。
 こういう細かな配慮は、“実力者との戦闘”を期待した彼女には想定外だった。

 (こいつはただのカフェ店主にしか見えないが、本当にクラーケンを倒したのか? ……私の目には、単なる器用な兄ちゃんに映るだけ)

 いささか拍子抜けしていると、ほどなくしてカレーが運ばれてきた。
 皿の上には香ばしい香りが立ちのぼり、スパイスの複雑な風味が鼻孔をくすぐる。肉や野菜、魚介まで絶妙に煮込まれており、さらに表面には細かい具材が浮いていて彩りも良い。それを見た瞬間、ディアナの大食漢の血が騒いだ。

 「これは……うまそうだな」

 まさかこんな南方の小さな町で、これほどの食事を堪能できるとは思わなかった。スプーンを口に運ぶと、辛さと甘さが絶妙に溶け合い、さらに魚介の旨味が後からやってくる。ディアナは黙々と食べ進め、あっという間に平らげてしまった。

 「ごちそうさま。……もう一杯もらえるか?」

 「えっ、もう完食ですか? はい、もちろんお代はかかりますけど、大盛りもできますよ」

 「なら、大盛りで頼む」

 ディアナは重装剣士らしく、体力維持のために大量に食べる。
 ヨウイチはその勢いに驚きながらも、「うちの店を気に入ってくれて嬉しいです」と微笑む。その姿があまりにも“普通”なので、ディアナは複雑な感情を覚える。
 これはただの美味い店――噂に聞いた強者の冒険者の話とは違うのではないか? あるいは噂の男は別にいるのかもしれない。

 食事を楽しんだディアナだったが、最終的には「また来る」とだけ言い残し、ヨウイチを値踏みするような視線を送りながら店を出て行った。
 ヨウイチは首をかしげるが、客の一人だろうとさほど気にせず、次のオーダーへと移った。