【氷の重装剣士・ディアナ】

 そんなある日、海辺の町マイヨルカに、エルフの女戦士が訪れた。
 全身を覆うような重装の甲冑、背には巨大な片刃の剣を背負い、金属的な鈍い輝きを放つオーラを放つ。彼女の名は――ディアナ。氷の重装剣士として知られ、各地の冒険者たちの間でその名を轟かせる実力者だ。
 ディアナは、鍛え上げた肉体と華麗な身のこなしに、剣の技術と「氷結」のスキルを操り、日頃から途轍もない量の食事を摂るゆえの体力と持久力は他の追随を許さないと噂されていた。

 だが、その身体を隙間なく護る重厚な甲冑は、気温の低い地方や通常の曇天・雨天ならばともかく、この陽射しが降り注ぐマイヨルカの気候では耐え難かった。

 「くっ……なんという暑さ……! この町は本当にどうなっているんだ……?」

 ディアナは額の汗を拭いながら、町の大通りに足を踏み入れた。ここマイヨルカに来た理由はただ一つ。最近、クラーケンという強大なモンスターを討伐した男がいる――との噂を聞いて、その実力を確かめたいと思ったのだ。彼女は強者と戦うこと、あるいは強力なモンスターを狩ることを己の生きがいとしている。その裏には、幼い頃に家族を魔物に殺された過去があると言われていたが、多くを語ることはない。

 街道から町に入り、最初に目に飛び込んだのは、目前に広がるエメラルドグリーンの海と、強い陽射しを反射する白い砂浜、そしてビキニやラフな服装で楽しそうに笑う人々の姿だった。元は陰鬱だったという町とは思えない光景だ。まだ完全に観光地化したわけではないが、近隣からの来訪者がわいわいと賑わっている。

 「これは……甲冑のままではおかしいかもしれないな」

 ディアナは呟く。事実、何重にも重なった金属が猛烈な熱を吸収しているのを感じる。彼女はエルフ族とはいえ日焼けした褐色の肌を持ち、暑さへの耐性が若干あると思い込んでいたが、それでも流れ落ちる汗が止まらない。つい先日まで寒冷地で魔物を狩っていたため、温暖な地域への耐性が低いのだろう。そこで、彼女は一旦宿を探し、甲冑を預けられる場所を確保することにした。

 「ふぅ……少しは涼しくなるかしら」

 宿を見つけると、ディアナは気配をうかがいながら重装甲を外し、軽装の革鎧と薄いシャツ姿へと着替えた。
 鎧を脱いだ彼女は、長い耳を持つエルフ族らしい精悍な顔立ちと、日焼けした褐色の肌が印象的だが、さらに彼女にはもう一つ際立つ特徴があった。
 それは“その体つき”――豊かな胸元や、キュッと引き締まった腰のライン、そしてしなやかな脚。それらが組み合わさって、見る者を圧倒するほどの迫力ある美しさを放っている。
 しかし、その“美しさ”は半ば封じられるかのごとく、いつもは重装甲の中に隠されていた。
 世間的には「ストイックな剣士」というイメージで語られることが多く、実際に彼女の素顔を知る者はほとんどいない。彼女は人前で甲冑を脱ぐことを極力避け、ひっそりと戦い続ける日々を送ってきたのである。

 「さて……クラーケンを倒した男とやら、どんな奴なのか確かめたい」

 ディアナはそう心に決め、町の酒場や露店で噂を集め始めた。人々に話を聞けば、否が応でも「クラーケンを倒した英雄」の話題が出てくる。噂によれば、そいつは王国から“召喚”されてきた冒険者――しかし正式には冒険者登録がされておらず、今は町外れで「ビーチカフェ」を開いているという。名は……なんだったか、「ヨウイチ」と言うらしい。

 「なんだ……開いてるのは店か? 戦場に出るわけじゃないのか?」

 期待はずれだと感じつつも、ディアナはその店へ行ってみることにする。どうせなら一度会って、実力を測ってみなくては本当のところは分からない。

 その道すがら、すれ違う町の人々は、ブラウスと革鎧を纏ったディアナの姿に振り返る。
 「あの褐色美人は誰だろう」「スタイルがすごいな……」と口々に囁く。暑そうに汗を拭いつつも、颯爽と歩くディアナのシルエットは、男女問わず視線を集めずにはいられない。
 だが本人はそれにまったく関しない。いや、むしろ煩わしいとすら感じているようで、眉をひそめながら歩みを早めるのだった。