【ビーチカフェ「さんきんぐ」】
クラーケンを倒した英雄として、陽一はメルや町長のみならず、町のすべての人々から感謝された。
市場に集まる漁師や商人は、「これで安心して船を出せる」「漁も毎日できるぞ!」と口々に喜びを表す。
しかし、陽一は王国に報告して褒美を受ける気にはなれなかった。何しろ、自分を“役立たず”と蔑んで追い出した相手だ。もちろん、今さら恩を売りに行く理由もない。町長が「ぜひ王都に凱旋してほしい」と言ってきたときは、陽一はきっぱりと断った。
「今はもう、王国のために戦おうという気はないんです。すみません」
町長は少し驚いたようだが、それでも「まあ、それもよい。お前さんには大きな借りができた」と素直に言ってくれた。
さらに「何か望みはないか?」と尋ねられた陽一は、一つだけお願いをした。
「……この町に、住む家が欲しいです。あと何か仕事を」
「それだけでいいのか? もっと報酬とか、高価な宝物とかだって……」
「僕にはそんな宝より、のんびりと暮らせる環境がありがたい」
陽一はそう答える。町長は意外そうな顔をしながらも、「わかった」と頷き、ほどなく海岸沿いの一軒家を譲ってくれた。
そこはもともと物置小屋のように使われていた建物らしく、多少の改装が必要だが、立地は最高だ。窓からは青い海が望め、目の前は砂浜だ。
「ここなら、ビーチカフェができるかな……」
実は、陽一は子供の頃から海辺のカフェに憧れていた。
日本では難しいと感じていた夢だが、この世界でなら実現できるかもしれない。
しかも今後、晴天のもとで海が回復すれば、漁や観光が再び盛り上がる可能性がある。この町の人々も元気を取り戻してくれるだろうし、陽一自身も失意のまま過ごすよりは、店でも開いて生きがいを感じたい。
名付けて「ビーチカフェ さんきんぐ」。―――これは、太陽王“サン・キング”の伝説にちなんで思いついたものだ。自分が本当に太陽王なのかは分からないが、名前だけでもそう名乗ってみれば、ちょっとしたジョークになりそうだと考えたのである。
一方、メルは父である町長に「私は、しばらくヨウイチさんのお手伝いをしたい」と申し出た。もちろん町長は猛反対したが、メルの意思は固かった。
「わたしは生贄にされる運命から救ってもらった。命の恩人なんです。なのに、ここで何もしないわけにはいきません」
町長は最初こそ渋ったものの、クラーケンが倒されて町が安定するならば、無理矢理に娘を縛り付ける理由もないと渋々認めた。
加えてメル自身が「町の人に役立つ店を作りたい」という思いを持っていることもあって、結果的に陽一のカフェ開店を手伝う形となった。
こうして、陽一はメルの協力を得て、カフェの準備を始めた。
雨ざらしだった建物の床を修理し、壁を塗り直し、簡易的な厨房を作る。町の大工や漁師たちも手伝ってくれた。皆、クラーケンを倒してくれた陽一に恩返しをしたいと言って、必要な資材を安く提供してくれるのだ。その温かさに、陽一の胸はいっぱいになる。
数日後、店の内装が整い、いよいよ「さんきんぐ」はオープンを迎えた。
初日は、町中の人が次々と来店してくれて大盛況となった。陽一は次々と入るオーダーをさばくのに四苦八苦し、メルもウエイトレスとして休む暇もなく注文取りと料理の提供に店内を駆け回った、二人にとっては、何から何まで初めての経験だが、意外と楽しかった。
「みんなが喜んでくれてよかった……また来てくれるかな?」
閉店後、片付けをしながらふと漏れ出た陽一の言葉を聞いたメルは、くすりと笑う。
「きっと、そうなると思います。だって、こんなに素敵な天気なんですもの。」
「そうだね」
もっとも、この先ずっとこの町だけを晴れにしていたら、それはそれでおかしい。
妖精の説明によれば、陽一の“晴れ男”の力で晴れる範囲は約三十キロメートルまでが限界だという。町や近海が晴れになるのはいいが、外の世界との気象格差が大きくなると、他の地域から怪しまれたり、逆に孤立したりする可能性もある。だから当面は、コントロールをしながら“適度に”晴れを保つ形を考える必要があるだろう。
すぐにこの世界全体の雨を止めることは無理にしても、第一歩としては十分すぎるほどの変化だ。
実際、町の中では畑の作物が少しずつ元気を取り戻す様子も見受けられた。さすがに水浸しだった畑が短期間ですぐ完全回復するわけではないが、それでも十年ぶりの太陽に恵まれた作物は生気を宿している。漁師たちも、海があまりに濁りすぎていたためまだ本格的な操業は難しいが、嵐が消えて波が穏やかになったことに喜びをかくせないでいる。
陽一はそんな変化を目にするたび、自分がやったことにわずかながら誇りを感じた。
そして、この世界で自分の居場所を作れたことが何よりも嬉しかった。
「……さあ、明日も早いし、今日はもう休もう」
メルを家に帰したあと、陽一はカフェのカウンターに腰掛けて一人呟いた。妖精はというと、小さく光りながら彼の頭上を飛び回り「おやすみなさい」と囁いた。こうして、ビーチカフェ「さんきんぐ」の最初の夜が更けていく。
窓の外には、満点の星空。そして優しい月明かりが、今や静かな海を優しく照らしていた。
クラーケンを倒した英雄として、陽一はメルや町長のみならず、町のすべての人々から感謝された。
市場に集まる漁師や商人は、「これで安心して船を出せる」「漁も毎日できるぞ!」と口々に喜びを表す。
しかし、陽一は王国に報告して褒美を受ける気にはなれなかった。何しろ、自分を“役立たず”と蔑んで追い出した相手だ。もちろん、今さら恩を売りに行く理由もない。町長が「ぜひ王都に凱旋してほしい」と言ってきたときは、陽一はきっぱりと断った。
「今はもう、王国のために戦おうという気はないんです。すみません」
町長は少し驚いたようだが、それでも「まあ、それもよい。お前さんには大きな借りができた」と素直に言ってくれた。
さらに「何か望みはないか?」と尋ねられた陽一は、一つだけお願いをした。
「……この町に、住む家が欲しいです。あと何か仕事を」
「それだけでいいのか? もっと報酬とか、高価な宝物とかだって……」
「僕にはそんな宝より、のんびりと暮らせる環境がありがたい」
陽一はそう答える。町長は意外そうな顔をしながらも、「わかった」と頷き、ほどなく海岸沿いの一軒家を譲ってくれた。
そこはもともと物置小屋のように使われていた建物らしく、多少の改装が必要だが、立地は最高だ。窓からは青い海が望め、目の前は砂浜だ。
「ここなら、ビーチカフェができるかな……」
実は、陽一は子供の頃から海辺のカフェに憧れていた。
日本では難しいと感じていた夢だが、この世界でなら実現できるかもしれない。
しかも今後、晴天のもとで海が回復すれば、漁や観光が再び盛り上がる可能性がある。この町の人々も元気を取り戻してくれるだろうし、陽一自身も失意のまま過ごすよりは、店でも開いて生きがいを感じたい。
名付けて「ビーチカフェ さんきんぐ」。―――これは、太陽王“サン・キング”の伝説にちなんで思いついたものだ。自分が本当に太陽王なのかは分からないが、名前だけでもそう名乗ってみれば、ちょっとしたジョークになりそうだと考えたのである。
一方、メルは父である町長に「私は、しばらくヨウイチさんのお手伝いをしたい」と申し出た。もちろん町長は猛反対したが、メルの意思は固かった。
「わたしは生贄にされる運命から救ってもらった。命の恩人なんです。なのに、ここで何もしないわけにはいきません」
町長は最初こそ渋ったものの、クラーケンが倒されて町が安定するならば、無理矢理に娘を縛り付ける理由もないと渋々認めた。
加えてメル自身が「町の人に役立つ店を作りたい」という思いを持っていることもあって、結果的に陽一のカフェ開店を手伝う形となった。
こうして、陽一はメルの協力を得て、カフェの準備を始めた。
雨ざらしだった建物の床を修理し、壁を塗り直し、簡易的な厨房を作る。町の大工や漁師たちも手伝ってくれた。皆、クラーケンを倒してくれた陽一に恩返しをしたいと言って、必要な資材を安く提供してくれるのだ。その温かさに、陽一の胸はいっぱいになる。
数日後、店の内装が整い、いよいよ「さんきんぐ」はオープンを迎えた。
初日は、町中の人が次々と来店してくれて大盛況となった。陽一は次々と入るオーダーをさばくのに四苦八苦し、メルもウエイトレスとして休む暇もなく注文取りと料理の提供に店内を駆け回った、二人にとっては、何から何まで初めての経験だが、意外と楽しかった。
「みんなが喜んでくれてよかった……また来てくれるかな?」
閉店後、片付けをしながらふと漏れ出た陽一の言葉を聞いたメルは、くすりと笑う。
「きっと、そうなると思います。だって、こんなに素敵な天気なんですもの。」
「そうだね」
もっとも、この先ずっとこの町だけを晴れにしていたら、それはそれでおかしい。
妖精の説明によれば、陽一の“晴れ男”の力で晴れる範囲は約三十キロメートルまでが限界だという。町や近海が晴れになるのはいいが、外の世界との気象格差が大きくなると、他の地域から怪しまれたり、逆に孤立したりする可能性もある。だから当面は、コントロールをしながら“適度に”晴れを保つ形を考える必要があるだろう。
すぐにこの世界全体の雨を止めることは無理にしても、第一歩としては十分すぎるほどの変化だ。
実際、町の中では畑の作物が少しずつ元気を取り戻す様子も見受けられた。さすがに水浸しだった畑が短期間ですぐ完全回復するわけではないが、それでも十年ぶりの太陽に恵まれた作物は生気を宿している。漁師たちも、海があまりに濁りすぎていたためまだ本格的な操業は難しいが、嵐が消えて波が穏やかになったことに喜びをかくせないでいる。
陽一はそんな変化を目にするたび、自分がやったことにわずかながら誇りを感じた。
そして、この世界で自分の居場所を作れたことが何よりも嬉しかった。
「……さあ、明日も早いし、今日はもう休もう」
メルを家に帰したあと、陽一はカフェのカウンターに腰掛けて一人呟いた。妖精はというと、小さく光りながら彼の頭上を飛び回り「おやすみなさい」と囁いた。こうして、ビーチカフェ「さんきんぐ」の最初の夜が更けていく。
窓の外には、満点の星空。そして優しい月明かりが、今や静かな海を優しく照らしていた。
