【奇跡の朝】
翌朝、陽一は眩しさで目を覚ました。
―――朝日? そんなもの、この世界で見たことがない。ずっと雨と曇天が支配してきたはずだ。寝ぼけているのかと目をこすり、部屋の窓を開け放つと……そこには信じられない光景が広がっていた。
そこにあったのは、突き抜けるような青い空と、燦然ときらめく太陽。
白い雲が所々に浮かび、海は水平線のはるか彼方まで見通せた。海面を照らす強烈な陽射しが乱反射して、キラキラと輝いている。町の人々も皆、外に出て青空を見上げている。歓声や驚きの声があちこちで沸き起こっているのが聞こえた。
「な、なんだこれは……?」
陽一も言葉を失った。けれど、その奇跡のような天気変化を見て、彼は子供の頃の感覚を強烈に思い出した。「晴れ男」。まさかこの世界に来てまで、しかも十年間雨が続いた世界を一夜にして晴天にするなどということがあり得るのか。
そのとき、ふいに部屋の隅に吊るしていた“てるてる坊主”がポトリと落ちた。よく見ると、その布がふわりと浮かんで、人の形をした淡い光を帯びた何かに姿を変えるではないか。陽一は驚きのあまり尻もちをつきそうになる。
「……おはようございます、ヨウイチ様」
その声は鈴の音のように透き通っていた。小さな妖精のような存在――背中には小さな羽根があり、てるてる坊主の顔がまるで愛嬌のある小さな男の子のようになっている。
「えっ? な、なんだ君は……!?」
「わたしは“光の妖精”です。あなたが作った“てるてる坊主”がきっかけで、この世界に顕現しました」
柔らかな光の粒が周囲に舞い、その存在を明確に示す。陽一の胸は高鳴った。こんなファンタジーな展開が目の前で起こっている。そして彼――妖精が続ける言葉には、さらに驚くべき事実が含まれていた。
「あなたのこの世界でのスキル、それは『晴れ男』と呼ばれるものです。昨日までの装備判定では何も起こらなかったのは、あなたが普通の“魔力”ではなく、“理力”という別の力を持っていたからなのです」
聞き慣れない単語に、陽一は戸惑う。
「理力」――妖精曰く、それはこの世界の魔力とは別系統のエネルギーで、魔術を相殺する性質を持つともいう。だから盗賊が魔法を使おうとしたときに失敗したのは、陽一の近くにいるだけで魔力が打ち消されていたからだったのだ。
「そして、この“理力”を導き出すきっかけになったのが、あなたの“晴れ男”としての意志。“晴れを願うてるてる坊主”こそが媒介となり、いまこうしてわたしが顕現しました」
まさかの展開に、陽一は頭が混乱している。だが、窓の外には実際に快晴が広がり、そして眼前には光の妖精が存在する。これは夢なんかではない。
「スキル『晴れ男』……具体的には、どんな効果なんだ?」陽一は尋ねた。
「大きく三つあります。まず第一に、てるてる坊主を中心に約三十キロメートルの半径で天候を操作できます。具体的には、今のように強制的に快晴にすることが可能です」
確かに、いま町から見える空は一面の晴れだ。周囲の海もキラキラと反射しているが、遠目に見ると、三十キロメートル外のエリアではまだ雨雲が停滞しているようにも見える。不自然な円形の晴れ間が、まるで巨大なドームのように町を覆っているのだ。
「第二に、わたしと一体化することで、あなたの身体能力や魔力ならぬ理力が最大レベルまで強化されます。たとえ剣術や魔法の経験がなくとも、あなたは最高の戦闘能力を発揮できるでしょう」
これはとんでもないチート性能だ。普通ならば長年の修行や才能が求められるはずの力を、一瞬で身につけられるというのか。陽一は半信半疑だったが、妖精が言うには“理力”は非常に特殊で、魔力を打ち消すばかりか、自身の身体能力も高める性質があるという。
「そして第三に、その理力は魔力と相反するため、敵の呪文や魔力攻撃を大幅に無効化できるのです。つまり、魔法を主とするモンスター相手なら、圧倒的に有利になるでしょう」
たった一晩で、陽一は“最強クラス”のスキルを獲得してしまった。
それを聞かされても、最初は呆然とするしかない。しかしすぐに頭に浮かんだのは――クラーケンのことだ。あの化け物がどれほど魔法的な力を持つかは分からないが、少なくとも海を荒らし天候を乱すような何かを操れる可能性は高い。ならば、この“理力”は対抗策となり得るかもしれない。
「これは……本当に夢じゃないんだよな?」 「はい。あなたが選ばれし“太陽王の素質”を持つ方なのかもしれません。わたしもあなたと共に戦います」
光の妖精はニコリと微笑む。陽一の胸に熱い感情がこみ上げてきた。ここにきて、ようやく本当に“戦えるかもしれない”という気持ちが芽生える。逃げ腰だった昨日の自分が嘘のようだ。十年前から降り続ける雨を止める力――まさか自分がその糸口を握る存在になろうとは……。
そうして、陽一は心を決めた。まずはクラーケンを倒し、メルを救う。そしてこの町に光を取り戻す。
それが、突然この世界に召喚され、途方に暮れていた男に与えられた新たな使命なのだと理解した。
翌朝、陽一は眩しさで目を覚ました。
―――朝日? そんなもの、この世界で見たことがない。ずっと雨と曇天が支配してきたはずだ。寝ぼけているのかと目をこすり、部屋の窓を開け放つと……そこには信じられない光景が広がっていた。
そこにあったのは、突き抜けるような青い空と、燦然ときらめく太陽。
白い雲が所々に浮かび、海は水平線のはるか彼方まで見通せた。海面を照らす強烈な陽射しが乱反射して、キラキラと輝いている。町の人々も皆、外に出て青空を見上げている。歓声や驚きの声があちこちで沸き起こっているのが聞こえた。
「な、なんだこれは……?」
陽一も言葉を失った。けれど、その奇跡のような天気変化を見て、彼は子供の頃の感覚を強烈に思い出した。「晴れ男」。まさかこの世界に来てまで、しかも十年間雨が続いた世界を一夜にして晴天にするなどということがあり得るのか。
そのとき、ふいに部屋の隅に吊るしていた“てるてる坊主”がポトリと落ちた。よく見ると、その布がふわりと浮かんで、人の形をした淡い光を帯びた何かに姿を変えるではないか。陽一は驚きのあまり尻もちをつきそうになる。
「……おはようございます、ヨウイチ様」
その声は鈴の音のように透き通っていた。小さな妖精のような存在――背中には小さな羽根があり、てるてる坊主の顔がまるで愛嬌のある小さな男の子のようになっている。
「えっ? な、なんだ君は……!?」
「わたしは“光の妖精”です。あなたが作った“てるてる坊主”がきっかけで、この世界に顕現しました」
柔らかな光の粒が周囲に舞い、その存在を明確に示す。陽一の胸は高鳴った。こんなファンタジーな展開が目の前で起こっている。そして彼――妖精が続ける言葉には、さらに驚くべき事実が含まれていた。
「あなたのこの世界でのスキル、それは『晴れ男』と呼ばれるものです。昨日までの装備判定では何も起こらなかったのは、あなたが普通の“魔力”ではなく、“理力”という別の力を持っていたからなのです」
聞き慣れない単語に、陽一は戸惑う。
「理力」――妖精曰く、それはこの世界の魔力とは別系統のエネルギーで、魔術を相殺する性質を持つともいう。だから盗賊が魔法を使おうとしたときに失敗したのは、陽一の近くにいるだけで魔力が打ち消されていたからだったのだ。
「そして、この“理力”を導き出すきっかけになったのが、あなたの“晴れ男”としての意志。“晴れを願うてるてる坊主”こそが媒介となり、いまこうしてわたしが顕現しました」
まさかの展開に、陽一は頭が混乱している。だが、窓の外には実際に快晴が広がり、そして眼前には光の妖精が存在する。これは夢なんかではない。
「スキル『晴れ男』……具体的には、どんな効果なんだ?」陽一は尋ねた。
「大きく三つあります。まず第一に、てるてる坊主を中心に約三十キロメートルの半径で天候を操作できます。具体的には、今のように強制的に快晴にすることが可能です」
確かに、いま町から見える空は一面の晴れだ。周囲の海もキラキラと反射しているが、遠目に見ると、三十キロメートル外のエリアではまだ雨雲が停滞しているようにも見える。不自然な円形の晴れ間が、まるで巨大なドームのように町を覆っているのだ。
「第二に、わたしと一体化することで、あなたの身体能力や魔力ならぬ理力が最大レベルまで強化されます。たとえ剣術や魔法の経験がなくとも、あなたは最高の戦闘能力を発揮できるでしょう」
これはとんでもないチート性能だ。普通ならば長年の修行や才能が求められるはずの力を、一瞬で身につけられるというのか。陽一は半信半疑だったが、妖精が言うには“理力”は非常に特殊で、魔力を打ち消すばかりか、自身の身体能力も高める性質があるという。
「そして第三に、その理力は魔力と相反するため、敵の呪文や魔力攻撃を大幅に無効化できるのです。つまり、魔法を主とするモンスター相手なら、圧倒的に有利になるでしょう」
たった一晩で、陽一は“最強クラス”のスキルを獲得してしまった。
それを聞かされても、最初は呆然とするしかない。しかしすぐに頭に浮かんだのは――クラーケンのことだ。あの化け物がどれほど魔法的な力を持つかは分からないが、少なくとも海を荒らし天候を乱すような何かを操れる可能性は高い。ならば、この“理力”は対抗策となり得るかもしれない。
「これは……本当に夢じゃないんだよな?」 「はい。あなたが選ばれし“太陽王の素質”を持つ方なのかもしれません。わたしもあなたと共に戦います」
光の妖精はニコリと微笑む。陽一の胸に熱い感情がこみ上げてきた。ここにきて、ようやく本当に“戦えるかもしれない”という気持ちが芽生える。逃げ腰だった昨日の自分が嘘のようだ。十年前から降り続ける雨を止める力――まさか自分がその糸口を握る存在になろうとは……。
そうして、陽一は心を決めた。まずはクラーケンを倒し、メルを救う。そしてこの町に光を取り戻す。
それが、突然この世界に召喚され、途方に暮れていた男に与えられた新たな使命なのだと理解した。
