三章 勇者連続殺人事件

 ストレインはバウンティセントラルにて受け取った地図を片手にスカル街を練り歩いていた。スカル支部に赴任してから10年以上とはいえ、ストレインも知らない地域はまだたくさんあった。
後ろに付いてくるトルバは赴任してから一週間と数日経つが、早くもこの街の独特な雰囲気には慣れつつあった。
「……それより、本当にあんな男の力を借りるんですか?」
 トルバは胸にたまった鬱憤を晴らすかのようにストレインに不満を漏らす。
「当り前だ。お前もアイツの実力は目にしただろう。この事件を解決するにはハジ……エースの力を借りなくてはいけない」
「でも衛兵が一般人の力を借りるなんて……」
「なら考え方を変えるんだな。俺たちの目的は事件を解決するためではなく、市民の安全を守ることだ。事件解決なんて面倒なことは専門家に委託すればいいんだよ」
 トルバは返す言葉もなく黙るが、その胸中に不服が晴れていないことは顔を見れば分かった。ストレインもトルバの気持ちは分かっていながら、咎めることはしない。
 トルバのような若い衛兵が葛藤を抱くことは仕方がない。情熱があるとから回った分、不満は蓄積されていく。それはストレインもかつて経験したものだった。
(トルバのため、ここは見守ってやろう)
 そして探し回ること数分、ようやく『Crystal Magic』と書かれた店の前までやってきた。
 外の暑さに耐えきれず、二人はすぐに扉を開ける。扉の前にはCLOSEDという札が掛けられてあったのだが、そんなものには全く気付いていなかった。
 カランコロンという鈴の音が鳴ると、カウンターの横にいたクリスタは髭面の男と血気盛んな若者と目が合う。
「え……」
 ただ二人は目を合わせているだけなのだが、クリスタにはまるで獲物を狙う獅子のような眼光に感じ取った。
「ごめんなさい!」
 すぐさまカウンターの下に潜りこむ。代わりにクリスタ人形が顔を出し、両手をばたばたさせる。
「ちょっと、まだ開店前なんですけど!」
 クリスタの奇行に付いていけない二人だったが、ストレインが宥めるように声のトーンを落として話しかける。
「すまない。俺たちは衛兵で、エースに用があってきたんだ」
 ストレインはクリスタに地図を渡して信頼を得る。
「エースが居候しているのはここであっているよな?」 
「エースのお客さんなのね。エースは階段を上がったらいるわよ」
 クリスタ人形が角にある階段を指さす。
「そうか。ありがとう」
 ストレインは早足で階段を上った。
「……ちょっと、いまのなんですか?」
トルバも小声でストレインに尋ねるが、ストレインは首を横に振る。
二人は何も見なかったことにして二階に上がった。
 
「よく来たな。フェレス、客人に椅子を用意してやれ」 
「はいはい」
 口をへの字にしてフェレスが椅子を二つ並べた。二人が来た時点でエースは階段の方を向いて肘掛け椅子に深く腰を下ろしていた。
「……まるで俺たちが来ることを待っていたようだな」
 ストレインは予約をしてここに来たわけでもなく、昨日の夜に思い立って今日の早朝にエースの住所を聞いてやって来たのだ。
「いやなに、巷で怪死事件が話題になっているからな。君なら僕に頼りに来ると分かっていたのさ」
 エースは綽綽と朝のコーヒーを傾ける。その態度が気に入らない若者が一人。
「……まるで自分が俺らより優れているって言いたげだな」
 トルバはフェレスが用意していくれた椅子に座ることもなく、エースを睨みつけていた。
「そうだな。僕は優劣で物事を考えるのは嫌いだが、君が僕に勝てるのは声の大きさくらいだろう」
「何だと……!」
 今にもエースの胸倉に掴みかかりそうになるトルバをストレインが抑える。
「落ち着け。俺たちはここに喧嘩をしに来たわけじゃないだろ」
「ストレインさん! やっぱり俺はこんな奴に協力を求めるのは嫌です!」
「そうだぞ、ストレイン。彼はこの事件にかける情熱が強すぎて寝不足なんだ。城内にいる恋人とも疎遠になり、ストレスのはけ口を僕に求めても文句は言えないさ」
 トルバは呆気にとられてエースを見つめる。
「どうして、それを……」
「目は充血していて、肌色もよくない。袖口にはインクが付いているからワークデスクをずっとしていて、着替える間もなかったんだろう。左側の髪の毛の癖から机で寝オチしてしまったことも窺える」
 続いてエースはトルバの服装を指さす。
「君はスカル街支部に来る前は城内で衛兵をしていたはずだ。その新品の制服が何よりの証拠になる。僕に突っかかってくるような熱血漢なら、左遷ではなく自主的に異動したのだろう」
 さらにエースは続ける。
「しかし城内の彼女との仲はうまくいかなかったようだね。以前君が僕を野次馬だと思って止めたときは首からロケットを下げていた。今はそれを外し、右ポケットの中に入れている」
 エースの指先が制服の右ポケットを指さした。いわれてみれば確かに、ポケットに何か小物が入っているような膨らみがあった。
 トルバがポケットからゆっくりと銀色のロケットを取り出す。
「首から外したのにポケットに入れているのは君にはまだ未練があるから。おそらく一方的に手紙で別れを告げられたんだろう。ロケットの留め具が壊れているあたり、怒りのあまり力づくで外したんじゃないか?」
「だが、――」
 口をはさんだのはストレインだった。
「ロケットだけなら恋人でなくても家族という可能性だってあるだろ」
「いいや、そのロケットは安物でまだ使い古されていない。家族の物ならもっと高価で年季が入っているはずだ。それに、彼には家族がいないからな。もしいるなら、こんな偏狭の地に自分から異動することなんてありえない」
 トルバはロケットを持つ手を強く握りしめる。
「確かに……お前には特別な才能があるようだな」
「それはどうも」
 エースは胸に手を当て、皮肉にも取れる感謝をする。
「……ストレインさん。俺、外で頭冷やしてきます」
トルバは見るからに不機嫌そうに階段を下りていった。
「床を踏み抜かないでくれよ」
 エースの声など全く意に介さずにドスドスと足音を立てている。ストレインはトルバは店から出て行ったのを確認し、エースに向き直った。
「……すまない。だがトルバもこの街のことを思ってくれているんだ」
「いいのよ。悪いのは人の気持ちを考えないこのバカなんだから」
 深々と頭を下げるストレインを慰めるようにフェレスはエースの肩をたたく。
「そんなことより」
 エースはフェレスの小さな手を払いのける。
「今は事件の話をしよう」
「そうだったな」
ストレインは気持ちを切り替えて手のひらサイズのノートを取り出した。
「事件が発生したのは2日前、検問所近くの広場で一人の男が遺体となって発見された」
「その話は知っている。だがそれはよくある殺人事件だろ。どうして噂になるほどこの事件が広まっているんだ?」
「その殺された男が勇者だと言ったら、意味が分かるだろう」
「ああ、なるほどね」
 納得したフェレスにエースは眉を顰めた。ストレインに聞えないようにフェレスに耳打ちをする。
「勇者っていうのはなんだ?」
「勇者は王から授けられる称号よ。大きな手柄や力が認められると王に謁見する権利が与えられて、勇者という名称で呼ばれるようになるの。だからこうして殺されるのが意外なのよ」
 エースは説明されても納得することはなかった。
「だが勇者とはいえ死なないわけがないだろう。どうして殺されただけでそこまで大騒ぎしている」
「勇者は鋭利な刃物で心臓を一突きされていた。他に争った様子もなく、ただの一突きで絶命だ。勇者を簡単に殺せるような危険な犯人を野放しにしておくわけにはいかないんだよ」
「要するに」
 ストレインの言葉に被せるようにフェレスが口をはさんだ。
「勇者が死んだ場合はスカル支部だけでなく本部にも伝わるのよ。城内の人間からしたら闇討ちで殺されるような人間を勇者に選んだことがバレると沽券にかかわるし、勇者を殺せるような手練れを生かしておくわけにはいかないのよ」
「……その通りだ。小さいのに城内のことに詳しいんだな」
「まあね」
 フェレスは褒められて少し上機嫌になった。
「なるほど。だから君は僕の手を借りてでも事件を早急に解決したいのか。君たちだけでは事件が解決しそうにないから」
 ストレインはバツが悪そうに苦笑いをする。
「手厳しい言われようだが、事実だからやむを得ないよ」
「なに、気にするな。そもそも君に協力する約束だからな。事情はどうあれ、僕の興味を引くような事件なら大歓迎だ」
 エースは飲み終わったコーヒーを置くと、ローブを羽織った。
「ちょ、今すぐ行くの!?」
 フェレスの手元にはクッキーとミルクが残ったままだ。エースはしっかりとその状態を見たうえで、
「来ないなら置いてくぞ」
 とだけ言った。
 フェレスは涙目になりながらクッキーを一気に頬張り、それをミルクで流しこむ。
 三人が階段を降りると同時にクリスタがカウンターの下に潜りこんでいた。
「少し出かけてくる。もし依頼人が来たら要件と連絡先だけ聞いておいてくれ」
 エースの問いにクリスタは何も言わない。
「じゃあクリスタ、行ってくるわね」
 フェレスがそう言うと、カウンターの下からクリスタ人形が現れ、フェレスにだけ手を振った。 
(……どうせエースは無神経な発言で嫌われたんだろう)
 ストレインは1人納得して、店の外に出た。
 外にはトルバが壁にもたれ掛かって座っていた。カランコロンという鈴の音で顔を上げると、渋い顔をした上司と目が合う。
「トルバ、こんな暑さじゃ頭を冷やすどころじゃなかっただろ」
「……いえ、十分冷えましたよ」
 トルバはストレインの後ろにいるエースを見る。
「お前の態度は気に入らないが、事件解決に手を貸してくれることには感謝する」
 エースが何か答えるよりも早く、トルバは踵を返して歩き出した。
「……エース、もう意地悪しちゃダメよ」
 フェレスはエースの裾を引っ張ってそう告げる。 
「分かってるよ。神経を逆撫でするような真似はしない」
「本当に分かってるの……?」
 呆れはしたものの、エースとフェレスは先導する二人についていった。

 一行が着いたのはエースがこの世界に来て初日に収容された留置所だった。
「ここがスカル支部衛兵署だ」
「……署だったのか」
 小さな二階建ての建物のため、エースもまさか衛兵署だとは思わなかった。
「……小さいわね」
 フェレスが歯に衣着せぬ発言をする。ストレインも10歳の少女に言われると苦笑いしかできなかった。
「一応地下もあるからもうちょっとだけ広いぞ」
 エースはこの世界に連れてこられてきてすぐに収容された牢獄を思い出す。
「あの地下は狭いだろ。しかも牢獄をスペースにカウントするな」
 ストレインが何かを言う前にエースは衛兵署の中に入った。それにフェレスもついていく。
 
 四人は衛兵署の二階、六畳程度の小さな会議部屋に集まった。
「すまない。出払っているとはいえ、他の衛兵たちに見られると色々と厄介なのでな」
 そう言ってストレインは両腕に抱えた資料を机の上に置いた。
 資料には『不屈のパレス』と書かれている。
「こんなにあるのか?」
 エースは資料の一部を取って尋ねる。その資料には殺された勇者の情報が書いてある。
「仕方ない。ここにあるほとんどは殺された勇者パレスが達成した功績だ。この中から恨みを買った人物がいるかもしれないと思うと、無下にもできないだろう」
 紙の資料以外にも箱に入った雑貨のようなものがある。
「これは?」
「殺されたときにパレスが持っていたものさ。大したものは入っていなかったよ」
 そう言われてもエースは中身を確認する。年季の入った指輪や、札束がぎっしりと入った財布などがある。さらにハンマーを模したエンブレムのアクセサリーもあった。
 アクセサリーをじっと見つめるエースを横に、ストレインは資料を四つに分けて全員に配る。
「途方もないとはいえ、やはり犯人を捕まえるには動機からだ。まずは討伐依頼を中心に彼を恨んでいるような人物を探ろう」
「待て」
 エースは手元に置かれた資料を持ち上げる。
「まさか君は僕たちにこの資料を調べる手伝いをさせるために呼んだのか?」
「まずは人海戦術だよ。その後でお前の推理を聞いていくつもりさ」
 エースはわざとらしく肩をすくめて呆れてみせた。
「バカも甚だしい。僕は勇者のパーティーメンバーに話を聞いてくるよ」
「待て、もう俺とストレインさんで聞いてある。行っても無駄になるだけだ」
「無駄かどうかは僕が決める。話を聞いたらまた戻ってくるよ」
 エースは振り返ることもなく、颯爽と会議室の扉から出て行った。
「あ、待って。私も!」
 フェレスも会議室から逃げるように後を続いた。廊下に出ると、早足で歩くエースの元へと駆けよった。
「ちょっと、私をあんな場所に置いていかないでよ」
「あんな? それは暑苦しいという意味か、それとも無能な奴らの集団という意味か」
 その言葉にフェレスはむっとしてエースの前に立ち塞がった。
「ちょっと、この国民は私が仕えるハサルシャム様が創り出した人間なのよ。いくらアンタでもその口の利き方は納得いかないわ」
「……確かに、無能は言い過ぎたな。彼らがしているのは無能の行為ではなく無駄な行為だ」
 エースはフェレスを押しのけ、衛兵署から出た。
「どうして無駄だって言えるのよ」
 フェレスも続いて衛兵署から出る。
「そもそも殺人の動機なんて無限に考えられる。嫉妬、衝動、快楽、金銭、復讐。さらに復讐の中でも殺人感情を抱くきっかけは人によって異なる。快楽に関してはまともな感性をした人間には理解できない」
「動機から犯人を特定するのは無理だってこと?」
「一つのケースから探すなら効率的かもしれないが、あんな大量の資料から見つけるのは不可能だよ」
「……」
 フェレスは少しの間だけ黙る。拗ねているようにも見えるが、何か思考を巡らせているようでもある。
「ところで、殺された勇者の名前は『パレス』というようだ。『不屈のパレス』と書いてあるが、これはなんだ?」
 エースに呼ばれてフェレスは反応をする。
「え? ああ、これは二つ名よ。この世界では苗字が付けられない分、同名の人が多くなるでしょ。だから剣士のように成り上がりの人間には区別するために二つ名を名乗ることが許されるのよ」
「なるほどな」
「それより今からどこに行くの?」
 エースはローブの中から一枚の資料を取りだした。その資料にはパレスのパーティーメンバーについての情報が載ってある。
「彼らはバウンティセントラルに加盟している。ストレインが僕たちの家に来たように、管理人に聞けば彼らと話くらいはさせて貰えるかもしれない」
「そんな簡単に話をさせてくれないと思うけど……」
 ゆっくりと歩くフェレスを置いてエースは早足で歩き続ける。
「ちょっと、バウンティセントラルはそっちじゃないわよ」
「その前に一度家に戻る。必要な物があるからな」
 その態度にフェレスはむっとする。
「そうやって自分勝手に進の止めてくれないかしら。ちょっとくらい私に予め話してくれても良いんじゃない?」
 そう言われてエースは急に足を止める。
「それもそうだな。ならフェレス。僕が話す内容に対して、君は絶対に乗っかるんだ」
「乗っかる……? 何の話をしているのよ」
 エースは意地の悪い笑みでフェレスに説明をした。