第4話 友と都と勇者の行方(後)






 案内されたフェリックスの私室だったが、当然のようにお茶と茶菓子が用意されていた。さすが王族なんて思ったのはつかの間、机の上に置かれる別のもの。

「これが親父のパンツだろ、これが上司の兵士長のパンツでだな、これが行きつけの酒場のマスターのパンツで……あ、これ二番目の兄貴のパンツな」
「いらないから」

 ニヤニヤしながら机の上にパンツを並べる親友の姿なんて見たくなかった。

「キールよく見て全部有用」
「よく見たくねぇよ」

 というかそういう問題じゃないからねレーヴェン。

「王様のパンツなんて滅多にお目にかかれるものではないですよ」
「お目にかかりたい人はいないって」

 何セツナちょっとだけえっこれが王様のみたいな表情作ってるんじゃないよバレバレだよ。

「酒場のマスターは便利そうね」
「そりゃお前の飲みっぷりだとな」

 買いに行かせるのでは飽き足らず酒を作らせる気だなシンシア。

「えっと……兵士長とか強そうですよ!」
「強そうだけどさあ」

 あのねアイラ、こういう時は無理して喋らなくていいからね。

「いやフェリックス、それよりなんで全部男物のパンツなの? もっとこう……ないか?」

 男だしわかるだろ? って顔をするがフェリックスは眉一つ動かそうとしない。

「ないかって言われてもな、俺が女のパンツ握りしめて城の中ウロウロするわけにいかないだろ……ていうかこんな美人連れて旅してるんだから一枚づつぐらい食ってんだろ?」

 うんフェリックスの言葉はどっちも正しいけど周りの女性陣全員目を逸したぞ散々人にパンツ食え食えうるさい連中がだぞ。

「見てくれフェリックスこれが現実だ……俺は今まで女のパンツは一枚も食べてないと神に誓っていい」
「誓うなよ神様だって困るだろ」

 いきなりそんな正論言われても困る。

「というか……何でパンツ用意してんだよお前は」
「いや……見たいじゃん。お前がパンツ食うとこ」
「何でだよ」
「言わせんなよ恥ずかしい」
「何でだよ!」
「だって……面白そうだったから……」

 笑いをこらえてフェリックスが白状する。何が恥ずかしいだこの野郎どう考えても俺のほうが恥ずかしいわ。

「折角再会した親友の頼みも聞けないなんて、友情の意味について再確認したほうが良い」
「それにフェリックス様は王族ですからね、これはもう命を賭けてでも食べるべきでしょう」

 レーヴェンとセツナがとんでもない理由で俺を非難する。面白がってるだけだろこの二人もさ。

「はい親友の! ちょっといいとこ見てみたい!」

 突然フェリックスは手を景気よく叩き始める。何がいいとこだ何一つ良くないよこっちはしかも仲間だと思ってた女四人も一緒に手を叩いてるんじゃないよ頭叩いてやろうかこっちは。

「はいイッキ、イッキ、イッキ、イッキ」
「いや何だよ一気って食べる必要ないだろこれ」
「ノリ悪っ、親父に言ってお前んとこだけ税金増やすわ」
「やめろぉ!」

 都合のいいときだけ王族特権を持ち出そうとするフェリックスに思わず声を荒げてしまう。そんな事はしないやつだと言うことはもちろんわかった上だが、ここで俺がパンツ食べないと何か納得しない性格なのもわかってしまう。

 なので、妥協する。

「じゃあ……その、一枚だけな」
「どれにしますか?」
「いやもう全部嫌だから目瞑って選ぶわ」
「一応目隠ししますか?」
「……お願いします」

 そう答えるとセツナは適当なタオルを取り出し俺の両目を覆ってくれた。真っ黒になった視界のまま机の上に手を伸ばせば、右も左も布の感触。というかパンツ。

「絵面最悪だなこれ」

 呟くようにフェリックスが零す。自分でやらせているという事だけは一生忘れないで欲しい。何故なら俺はもう一生恨むことを決めているから。

「じゃ……これで」

 もう何でも良い、とりあえず真ん中らへんにあったパンツをつまむ。うーんこの肌触りはとかそういうのはない。もう早く終わらせたいどうせ全部外れみたいなものなのだから。

「なぁ親友……本当にそれで良いのか?」
「無駄に煽って楽しいかフェリックス」

 フェリックスの口から小さな笑い声が漏れる。はいはい楽しい楽しいですよね見てる方は。

「不本意ながら……いただきます」

 もう十分笑いものにされただろう、右手で掴んだそれを口に突っ込む。味はしないが、むしろしないほうが余計な事を考えなくて良いんじゃないかと思い始める自分がいた。頭もやられてきているようだ。

『パンツイーターシステム発動。レアスキル”女の子同士のイチャイチャ見守り隊”を獲得しました』

 なんだこのスキル、パンツの持ち主の方がやられてるとか想定外なんですけど。

「すげぇな……本当に食いやがった」
「いやそれよりもフェリックス……お前の身内、何かこじらせた奴がいるぞ」
「消去法で誰かわかるんだよな」

 その続きは聞かないでおいた。とりあえず目隠しを外して口直しの紅茶に手を伸ばせば、城の使用人が扉を叩いてきた。合図だったのか、フェリックスはよっこらせなんて年寄り臭い掛け声とともに立ち上がる。

「そろそろ謁見終わったみたいだな」
「じゃあパンツ返して貰いますか」

 紅茶を一口含んでから、俺も遅れて立ち上がる。

「わたくしも行ったほうが良いかしら?」
「いや俺だけでいいよ。小切手渡してパンツ貰って来るだけだから」

 シンシアが頼もしい事を言ってくれるが、雁首揃えて頼み込むような事じゃないからね。

「でしたら私も同行します。法外な額を記入されては困りますから」

 事情を察したセツナが立ち上がってくれる。アイラは少しだけオロオロしてたが、笑いかければ安心したように茶菓子に手を伸ばしてくれた。

「え、殺さないの……?」

 茶菓子を頬張りながらレーヴェンが物騒な事を言い出す。そりゃ君はそういう目的だけどさ。

「いやそれは別に今やらなくても……」
「わたしも行く。後ろから殴るぐらいなら出来る」
「って言ってますけど王子様」

 そう聞けば、欠伸を返すフェリックス。相変わらず気の抜けた顔をしていて、こっちの皮肉は意に介さない。

「まぁ、見学ぐらいは良いんじゃないか?」

 どうせ殺しはしないだろう、なんて高を括ったような事を言い出す。そうならないのがもちろん良いが、少しはこの男痛い目を見ればと思ってしまうのであった。





 王様との謁見を終えた勇者一行を城内の踊り場で待ち受けていた俺達。向こうがこっちに気づくよりも早く、フェリックスはわざとらしいお辞儀をした。

「これはこれは勇者ラシック様、お忙しい中我らが王に足を運んでいただけるとは恐縮の極みでございます。私は第三王子のフェリックス=L=ガイスト、以後お見知りおきを」
「え、ああ……どうもその、勇者ラシックですけども」

 応対する勇者だったが、俺の顔を見るなり一瞬で冷たい表情へと変わった。

「どうしてその人が?」
「お知り合い……でしたね。こっちは学生時代の悪友キール=B=クワイエットとメイドのセツナ、それから占い師のレーヴェンでございます。何やら勇者様の行動にえらく感動して、自分もなにかさせて欲しいとのことで連れてきた次第です」
「や、やあどうも……昨日ぶり」

 ここはこうね、都会の流行のフランクな感じで押し切ったけど駄目だね全員武器を突きつけてきたね。周りの兵隊とか見て見ぬふりしてるよ勝てないのわかるけど仕事して下さい死んでしまいます。

「いや、その喧嘩したい訳じゃないんだ本当。小切手を用意してあるんだ、ある程度の金額までなら応じるから、屋敷から貸出中の物を返して欲しくて」
「わたしはあなたを殺」
「黙っててお願いだから」

 それから少しの沈黙。以外な事に一番早く武器を収めたのは、一番俺を恨んでいそうな勇者だった。

「ラシック、そんな奴の話を聞かないで!」
「どうせ罠だ、王子を抱き込み我々を謀ろうとは卑劣な奴め」
「貴族、悪いやつ……皆知ってる」

 例の三人娘が藪から棒に余計な事を言う。

「キール様、随分嫌われましたね」
「自業自得じゃない自信はあるよ」

 ついでにセツナも余計な事を言うが、こっちは反論出来るだけマシか。

「まあまあ三人共……軍資金の申し出なら、ぜひ受けたいのが本音だろう?」

 ラシックがそう言えば、三人は黙り込む。そりゃ四人旅なんていくらあっても困らないだろうさ。

「けどその前に……フェリックス王子。失礼ながら、一つだけご確認してもよろしいでしょうか」

 勇者は恭しく膝を付き、フェリックスに頭を垂れる。

「あ、ああ何でも聞いてくれ」

 一方の王子様はもう王族らしい口調に耐えられなくなったのか、砕けた言葉で気楽に返す。そっちのほうが彼らしくて、少し安心してしまう自分がいた。

「我々勇者一行がこちらのキールさんより借り受けた物が何か、ご存知でし」
「パンツだろ? そこのセツナちゃんの」

 ――いや砕けすぎでしょ君。

「フェリックウウウウウウウウウウウウス!」
「あ、言っちゃ駄目だったのかこれ」

 何さらっと答えてんだよ何が言っちゃ駄目だったのかだよ駄目に決まってんだろ勇者が下着泥棒ですって問題じゃないなら何なんだよ脳みそまで砕けてんのかもう怒るよ。

「二人共死ねええええええええっ!」
「ちょああああっ!?」

 飛んでくる剣をなんとか避ける、というか風圧みたいなもので吹き飛ばされる俺達。さっきまで豪華だったはずのお城はすっかり風通しの良いデザインへと変貌していた。

「まったく、こうなることを予想するべき」
「ですね、後ろから殺したほうが良かったです」

 瓦礫から出るなり女性陣が物騒な事を言うが今はそんな事はどうでもいい。

「いやお前、俺が勇者が下着泥棒だって知ったから殺されかけたって言っただろ!」
「聞いてねぇよ勇者が下着泥棒だって知ってたけどそれが原因だとはなぁおい!」

 俺が胸ぐらをつかんで怒鳴れば、向こうも同じことをしてくる。

「下着泥棒下着泥棒……大声で叫ぶなあっ!」

 勇者が半狂乱で切りつけてきて、残り三人も目を血走らせて追撃してくる。何とか物陰に隠れた俺達だったが、こんな柱一発も持たないだろうと嫌な想像が掻き立てられる。

「おい親友さっきパンツ食っただろ、あれでお前何とかしろ」
「はあっ!? どうやって”女の子同士のイチャイチャ見守り隊”で戦うんだよ!」
「あのクソ兄貴使えねーなあっ!」

 何さらっと持ち主白状してるんだお前は。

「喧嘩してる暇はない……キール、なんとかして」
「いやお前ね、魔王の奴強力過ぎて城壊れるだろ」

 レーヴェンの言葉に冷静に返すが、彼女は不敵に笑うだけ。

「向こうが勇者のスキルを使うなら……こっちも勇者になればいい。これ返す、こんなこともあろうかとポケットに入れて持ち歩いていたことを褒めて欲しい」

 そして俺に手渡すのは、やっぱりね、パンツなんですね。でもこれをポケットに入れていたことは、褒めてやらないといけない気がした。

「……報酬はアイスクリームで我慢してくれ!」

 俺は柱から身を乗り出し、城の兵士が落とした剣を拾い上げる。そして左手には勇者のパンツ、もうどうにでもなれ。

「死ねえええええキイイイイイイイル!」
『パンツイーターシステム発動』

 飲み込めば体が動く。ラシックの剣戟が、先程は嘘のように遅く見える。

「ふん、訳の分からん力で剣まで扱えるようになったか!」

 右、左、上、右。全て弾く。次、炎の魔法剣。だったら同じものをぶつける。

「そんな、ラシックの技が相殺されていく……」

 武闘家の子解説どうも。同じ技量のおかげで、目の前の男はもう驚異では無くなっていた。もっとも明日は全身筋肉痛だろうが、この場を十分凌げればいい。次々と来る攻撃に、同じものをぶつけるだけの作業。

 けど。

 わかっている、スキル名は聞いてしまった。何とか隊なんてふざけた物じゃない、列記としたその名前を。

「なぁお前、もしかして」

 ラシックの大振りを弾き飛ばして、ゆっくりと口を開く。

 響き渡ったさっきの言葉が、頭の中で反芻される。間違いじゃない、この男の戦い方が嘘じゃないと教えてくれた。

『レアスキル「魔法剣士」を入手しました』

 あれは確かにそう言った。魔王と対になり得ない、少し珍しい程度の名前を。

「偽物……なのか?」

 俺の出した結論は、間違いなんかじゃないはずだ。




◆◆◆今回の獲得スキル◆◆◆

レアスキル:魔法剣士
アーツ:ファイアスラッシュ ウィンドエッジ 氷雪斬 紫電突 エンチャントソード

レアスキル:女の子同士のイチャイチャ見守り隊
アーツ:隠密 忍び足 熱い眼差し 地獄耳 オペラグラス常備 妄想
    女の子二人が手を恋人つなぎをしているのにこっちを向いている表紙の本ならどんな厚さでも破ける