第4話 友と都と勇者の行方(前)

「われわれはかなり危機的状況にある」

 フォルテ領を後にして早二日。とある宿屋での夕食の席で、レーヴェンがそんな事を言いだした。食卓の中心にあるのは地図。矢印で勇者一行と俺たちの動向が示してあった。

「このままだと……勇者に追いつかない!」

 地図を見る。俺達はエルガイスト王国の南側を西から東に移動しているが、勇者一行は西から東に移動したかと思いきや一気に北上、そのまま南下している。

「そりゃ酒の飲み過ぎで一日無駄にしたからな」
「それは関係ない。祠とか便利なものを使う勇者一行がわるい」

 いや酒飲んで一日無駄にしたのは悪くないとでも言うのかこいつは。

「と言うわけで作戦変更よ、待ち伏せしてそこを叩く」

 意外なことに、次に口を開いたのはシンシアだった。いやでもそうか、こいつも飲みすぎたんだから当然だよな。

「待ち伏せと言っても、勇者が次にどこに行くかなんてわからないだろ」
「本当にあなたはお馬鹿さんねキール=ブザマ=クワイエット。あるじゃない、誰もが憧れる花の都が」

 シンシアはごく自然に人の頭の悪さに文句を言ってから、いつもの扇子で地図の一点を指した。なるほど確かにその場所は、この国で生きている以上寄らずにはいられない。武器も防具も娯楽も食事も、そこに勝る場所はなく。

「王都エルガイストよ」



 王都エルガイストはその名の通り、建国王エルガイストの名を冠するこのエルガイスト王国の首都である。はい何回エルガイストと言ったでしょう、と冗談になる程度にはここの国民にとって知らぬ者のいない街である。

 この国で手に入る全てのものは、王都に行けば手に入るという言葉すらある。ありとあらゆる食材をはじめ、冒険者向けの武器に防具に鍛冶屋といった物騒な店から、果ては子供が喜ぶ玩具にオシャレな洋服まで何でも揃うそれが王都。

「な、な、な、なまらでかいし人も馬車も多い……」

 大通りを歩きながらアイラが漏らした感想は、この街の印象を集約したものと言って過言ではない。どこを見ても人人人馬車人人馬車。そしてここに住む人のために建てられた住居は最低でも五階建てと、お上りさんが見上げずにはいられない建物が所狭しと並んでいる。

「久しぶりだな王都……セツナは来たことあったっけ?」
「長期休暇の際に友人と。一応土産は渡したと思っていたのですが」
「ああ、そう言えばあったね去年ぐらいに」

 何かお菓子のような物を茶菓子として出されたなというおぼろげな記憶が蘇る。ちなみにどうしても領主同士の集まりやらは王都で開催される事が多く、俺としてはそこまで物珍しいものでは無かったりする。

「友達と旅行かぁ……あたしもそういうのやってみたいなぁ」
「何を言うアイラ、わたしたちはもう友人。同じ瓶の酒を飲んだ仲」

 アイラがそんな言葉を漏らせば、レーヴェンがその肩に手を置いていた。

「レ、レーヴェンちゃん!」

 抱き合う二人、美しきかな女の友情。ちょっと嘘くさいような気がするのはレーヴェンの台詞のせいだろうが、そこを言及してはいけないのだろう。

「そういえばキール様はあまり友人との交流はなさそうですよね」
「今さらっと酷いこと言ったよねセツナ……まあ学生の時にはいたよ。こう見えて互いの胸ぐら掴んだりとかあったんだよ?」

 セツナの指摘どおり交友関係が広い方では無い俺だが、それでも友人と言われれば、思い出すのはあいつの顔だ。

「ああ彼のこと……四六時中一緒にいたわよね」
「寮で隣の部屋だったからね。今は王都にいるんじゃないかな」

 シンシアの言葉に補足を加える。寮でたまたま隣だった俺達だが、不思議と気が合い結局卒業まで一緒にいる事がほとんどだった。

「そこまで親しいご友人がいらっしゃるのであれば、勇者一行が来るまで時間もあるようですしご挨拶に伺ってはどうですか?」
「いやいいよ、向こうは忙しいだろうし」
「でもキールさん、友達は大事にしないと!」
「と言ってもなぁ、いきなり行ったら迷惑だろ」

 アイラが少し鼻息を荒くして言ってくれたが、やあ元気か遊びに来たよと言えるような相手ではない。

「いきなり来て嫌な顔する奴を友人とみなすかは考えた方がいい」
「はいはいそこまで、あんまりキールをいじめないこと。こればっかりは仕方ないのよ、彼の場合はね」

 両手を叩いてシンシアがこの話を切り上げようとする。が、無駄だ。猪突猛進観光客のアイラの鼻息が穏やかになるような事はなかった。

「いいえシンシアさん、ここはあたしが文句言いに行きます! どこにいるんですかその人!」
「……あそこよ」

 ため息混じりで彼女が指さしたその建物。この高い建物だらけの王都でどんな建造物よりも高くそびえ立つそれがある。

「お城ですね。お勤めなんですか?」
「住んでるのよ」
「あそこは王族の方以外は住めない場所では」
「セツナ、あなたの疑問はもっともだけど心して聞いてくれるかしら」

 セツナの当然の疑問に対して、とうとうシンシアはしびれを切らして彼女の両手を強く掴んだ。きっと彼女の人生において、性的ではない意味でそうするのは初めてなんじゃないだろうか。

「そこのアホ面ぶら下げてる男の親友はこの国の第三王子なの」

 その言葉は間違いじゃない。学生時代四六時中俺の横にいたのは、エルガイスト王国第三王子のフェリックス=L=ガイストその人なのである。

「キール様のご学友ということはやっぱり」

 セツナの問にシンシアが一瞬口ごもる。それでもきっとシンシアは、正確な情報を伝える事を決めたのだろう。

「ええ……アホよ!」

 このクソレズ、国家反逆罪とかで捕まらないのだろうか。






 ――学生時代にこんな事があった。

 俺の部屋でいつものようにお菓子やら飲み物やらを持ち込んできたフェリックスが口を開く。少しくせ毛の金髪に整った容姿高い身長で王族と来れば当然のようにモテモテだが、下手に女性に手を出せばそのまま政治問題になりかねないためこうして俺の部屋で暇をつぶすのが常であった。

「なあキール、二日後にこの学校の悪習とも呼ぶべき定期試験が行われるのだが……お前、勉強したか?」
「答えの分かってる質問をするあたり、フェリックスも俺と同じらしいな」
「違いない……だが安心しろ親友。オレはこの悪習を攻略する最強のアイテムを手に入れた……それがこれだ」

 わざとらしく髪を掻き上げてから、一枚の紙きれを突き出すフェリックス。

「随分薄い紙だな」
「最近出来た鼻をかむのに最適なティシュとかいう紙らしくてな。少し値は張ったがそれはいい……それよりもここに文字を書いてみろ」

 受け取り、適当に自分の名前を書いてみる。普通のものより随分と滲むがそれにしても薄いなこの紙。

「書いたぞ、だがこれが何になるんだ」
「そしてこれを……剥がす!」
「二枚になったな」

 薄い紙がさらに薄くなる。そして複写されるキールBクワイエットの文字列。

「つまり、だ。これでカンニングペーパーを作れば……一度に二枚作れるという訳だ!」
「何だと……!?」

 あの頃の俺達は、とにかく不真面目だった。いや今もそうではあるのだが、とにかく遊ぶことしか考えていない一般的な男子学生だったのだ。王族だろうが領主だろうが、そこに例外なんて無かった。

「奇しくも今回の試験は八科目、オレとお前で分担すれば……作業は半分で済む!」
「フェリックス、お前は天才か」
「やろうぜ親友……そしてこの悪習に反逆の狼煙を上げるんだ!」
「ああ……!」

 差し出された右手を握り返す。俺達は今度こそ、貴重な休日を補修で費やすまいと誓ったのであった。



 んで、試験当日どうなったかと言えば。

「フェリックス、俺の分は?」

 珍しく俺よりも早く教室にいたフェリックスに当然のように要求する。のだが、返ってきたのは気だるそうな返事で。

「ん? ああ、あのティシュって紙さ、その……使い切っちゃって」
「何だと」
「まあまて親友、お前にだけ教えてやる。あのティシュって紙な」

 フェリックスが俺の肩を優しく叩く。そして満面の笑みを浮かべて、俺にこう言ったのだ。

「シコるのに……最適だぞ!」

 仕方のないことだった。男子学生に薄くて手触りの良い紙を渡せば、やることはもうただ一つ。特に俺もフェリックスも、女性に変に手を出してしまえば将来まで決まってしまうような立場だったこともあり、それはもうスケベな本なんかは山程持っていたのだ。

「それはもう知ってんだよなぁ……」

 そう、仕方のないことなのだ。俺だって薄い紙を手渡せされれば、よしフェリックスが半分カンペ用意するから俺はやらなくてもいいなという思考回路になってしまう。

「は? いや待て、ということはあれかオレの分のカンペは」
「あるわけないだろ……だから貰いに来たんだろお前の分を」

 俺達は立ち上がり、互いの胸ぐらを掴んだ。自分がカンペを作らなかった事を棚に上げ、無言で互いの胸倉を掴む。

 教室の空気は別に張り詰めない。ああまたあの二人ねとため息しか聞こえてこない。結局俺達の扱いっていうのは、学校という特殊な環境のおかげでその程度のものであり。

「はい、皆さん試験を始めるので席について下さい」

 結局この時だって、二人仲良く補修を受ける羽目になりましたとさ。おしまい。





 なんて話をセツナにしたら、思い切りため息をつかれた。

「アホだアホだと思っていましたが、まさかキール様が王族の胸ぐらを掴むほどだとは夢にも思いませんでしたよ」
「いやまあサプライズだと思って」
「その単語は非常識って意味ではなかったかと」

 宿屋といっても5階建てでの随分豪華な宿屋のロビーの窓辺の席で、俺とセツナは雑談をしながら紅茶を飲んでいた。さてこちらがシンシアの財力で泊まる今日のお宿です、ではなく。レーヴェンのうさんくさい占いの結果出てきた本日の勇者が泊まるお宿なのである。

「ところで、シンシア様から合図があったようですが」

 外で待っているシンシアが窓ガラスをコツコツと叩く。

「じゃ、作戦開始という事で」

 作戦内容はこうだ。

 まずシンシアが宿の前で勇者一行の到着を俺達に知らせる。んでセツナが奥の階段まで歩いていき、控えているレーヴェンとアイラに知らせる。よく来たな勇者さあ死ねとレーヴェンがやろうとするので、当然勇者一行は逃げるか立ち向かおうとする。んで俺が後ろからバシーンとやるわけだ。やっぱり挟み撃ちは古今東西軍事行動の基本だよね。

「それにしても……その色眼鏡と帽子気に入ったんですか? 何だかんだでこの間バレたじゃないですか」
「大丈夫大丈夫、あいつらの目多分節穴だから」

 そしてセツナはゆっくりと席を立ち、レーヴェン達が待つ階段前へと向かった。俺も少しして席を立ち、それとなく出口方面へと向かったのだが。

「あ、この間の貴族」

 すれ違った瞬間に勇者ラシックが呟く。いや、あれおかしいな作戦とぜんぜん違うっていうかもしかして作戦俺のせいで失敗したんじゃないかこれ。

 いやでも、コイツら何か逃げ出そうとしてるからね。

「待て……勇者!」

 作戦失敗予定変更、結局ただの追いかけっこ。それでも俺は全速力で走り出す。だってこのまま取り逃がしたら、絶対に怒られるんだもん。



 人、人、人。アイラが感嘆したそれが、今は障害物でしか無い。スキルだかのおかげで身軽にはなっている俺だったが、人混みの中勇者を追いかけつつ駆け抜けるというのは相当愚かな行為だった。

「この、うちのメイドのパンツ返せっ!」
「君はしつこいって言われないか!?」
「引き際の良さに定評があったんだけどさ!」

 それでも両足の動きは止めない。そう俺にはセツナのパンツを回収するという重大な使命があるからだ。いや重大かこれ? って駄目だ考えるなとにかく急げ。

「ラシック、ここは私達に任せて!」

 途中、踵を返す三人の女。あの勇者の取り巻き共がひと目も憚らず武器を出せば、ようやく民衆が距離を取って俺達を囲んだ。

「あ、くそ逃げられた……!」

 勇者その人は人混みの中へと消えていった。本当はここで引き返したいところだが、そうさせてくれるほどこの三人官女は甘くないだろう。

「キールさん、あたし行ってきます!」
「いたのかアイラ、頼んだぞ!」

 いつの間にか追いついていたアイラが、そのまま人混みの中へと突っ込み勇者の行末を追い始める。

「ふっ、この間のようにはいかんぞ」

 剣を構える女剣士が、俺達がさも宿命のライバルみたいな関係だと言いたげな台詞を吐くが、それは俺じゃなくぜひシンシアに言って欲しい。だって俺あの時何もしてなかったし。宿屋ぶっ飛ばしただけですし。

「いや俺は悪くない、悪いのはあのシンシアだ」
「それ以上……言うなあっ!」

 顔を真赤にした三人が、各々の武器を持って襲いかかってくる。街のど真ん中で普通そんなことするかという疑問は届かないのだろう。そして自称普通の感覚の持ち主である俺としては。

「くそっ、ちょこまかと逃げて!」

 避ける逃げる躱す繰り返す。魔王の魔法でも使ってしまえば、この間の比じゃない被害が出る。俺がお話に出てくる剣の達人だとすれば、こう相手の手首をビシバシ叩いて修行が足りないなと得意げな顔を浮かべるのだろうが、残念なことにそういう剣豪みたいなおっさんのパンツは食べてないのだ。いや残念じゃないなうん。

「貴様ら、ここで何をしてる!」

 そうこうしているうちに、武装した衛兵たちがわんさかやって来た。さすが王都、治安の良さも一級品だ。

「チッ……逃げるよ、みんな!」

 武道家の子がそう言えば、それぞれバラバラに逃げ出す三人。どれを追いかければ良いんだと一瞬迷うが、それがいけなかったらしい。

「あ、おい待て!」

 突き出した右足だったが、思い切りくじいてしまう。そりゃそうだ、身の丈に合わない動きをしてたんだどうせ明日は筋肉痛。

「あーっと衛兵さん、お疲れ様です。えっと……話とか聞いてくれたりする?」

 とりあえずその場に座り込んで、衛兵に挨拶する。皆殆ど肌なんて見えない鎧を着て、槍や剣なんか俺に突き出している。だが俺は知っている、こういう場合笑顔で接すると大体悪いようにはしないという事を。

「ああ、牢屋でな」

 帰ってきたのは容赦のない言葉だった。おかしいなうちの領だったらこれだけでお茶ぐらい出ると思うんだけどな。

「いやちょっと待ってください普段はこういう事しない大人しい人なんです俺って」
「確かに、女の尻を追いかけるなんてお前らしくないじゃないか」
「自分でもそう思うけど、兵隊さんにわかってもらえるとは有り難いね」

 一人の衛兵が軽口を叩くから、思わず軽口を返してしまう。だが、何だどうしてこの男は俺の事情なんて物を知っているのか。

 と、顔に書いてあったらしい。

「バーカ、お前の事ならだいたいわかるっての」

 衛兵はフェイスガードを跳ね上げながら、笑い声混じりにそう答える。

「よう親友、元気にしてたか?」

 見飽きたはずの顔がある。その男を知っているから、俺も思わず口がほころぶ。

「ああ……久しぶりだなフェリックス」

 懐かしい名前を呼べば、心と体が軽くなる。どうやらこいつと過ごした日々は、そういう類の物だっらしい。






 取り調べは牢屋で、とならなかったのは偏にフェリックスの計らいだろう。結局旧友に連れて行かれたのは、街角のとある酒場だった。最もこの元不良は、勤務中に酒を煽るほど落ちぶれちゃいなかったが。

「ここ良いとこだろ? 先輩の知り合いの店でさ、個室だし道路からも人目につかないし……エルガイスト王家御用達のサボり場所って訳だな」

 適当なサンドイッチを食べながら、フェリックスが説明してくれる。かくいう俺は仕事もないので、とりあえずビールを飲んでいる。走ったせいで水分を失った体には、心地よく染み渡ってくれた。眼の前の男が何酒飲んでんだお前って顔で睨んでくる以外は本当に良いところだと思う。

「でなんだ、お前はついに家を追い出されたか」
「バーカ逆だよ、王族としての威厳を示すため軍隊に入れられてんだよ。二番目の兄貴なんて魔獣の討伐で遠征だぞやってられるかっての」

 軍隊。正式名称エルガイスト王国軍で、こいつの所属は王都衛兵隊といったところか。ちなみに俺の領にも似たような仕事をしている衛兵はいるが、そいつらはクワイエット衛兵隊と格も装備も給料も一段下がる。戦争などの非常時になると一時的に王国軍に編入されるといった仕組みになっているが、幸いなことに
クワイエット衛兵隊がそうなったことはない。

「同情するから諦めろよ」
「あーあ、お前はいいよな女の尻追いかけるぐらい暇でよ。あ、そうだお前んとこで雇ってくれないか? 文官とかでいいから」

 天井を仰ぎながらフェリックスがそう言う。こいつの学生時代の素行を見れば、鎧を着て歩いているよりそっちのほうが性に合ってる事は言うまでもないのだが。

「お前の家庭環境的に問題ないならな」
「ありまくりに決まってんだろ冗談だよ」

 軍人になって箔をつけたいというのに、クワイエット領なんて何もないとこで昼寝なんてサボりぐせと悪評以外につくものはないのだ。万が一家族が許したとしても、周りがそれを許さない。残念なことにこの男の人生はそういう物でしかなかった。

「で? なんで人の家の前で女の尻なんか追いかけてたんだよ」
「それには深い訳があってな」

 そこで俺はビールをもう一杯頼んで、ここ数日の出来事を懇切丁寧に説明することにした。そりゃこんな話なんて、素面で出来るものじゃないからね。



「うわお前それマジか! やっべ腹いてぇ何してんだよお前本当バカ丸出しだな!」

 滅茶苦茶笑われた。笑わせた、ならいいのだがもう迷うことなきぐらい笑われた。そりゃそうだ、メイドのパンツが盗まれたから勇者追いかけてたらパンツ食べれるようになってシンシアも合流して寄り道して変態領主を成敗して王都まで来ましたと説明すれば誰だってこうなるだろう。バカ丸出しという単語に全てが集約されたような気がしないでもないのだが。

「うるさいな……自分でもそう思うけどさ」

 自分でもそう思えるからタチが悪い。果たしてこの数日間、俺の頭が良かった事など一秒でもあっただろうか。

「いや、すまんな笑ってよ……で話を聞いて疑問に思うんだが一つ確認してもいいか?」

 突然フェリックスが神妙な面持ちで俺の顔をじっと睨む。少し頭を冷やして考えれば、勇者を追いかけているのは聞き捨てならない事ぐらいわかる。

「なんだよ」

 気を緩めすぎたかと反省し、表情を取り繕う。だがもう遅い、いつかシンシアも言ったが勇者を殺そうとするだなんて死罪になっても不思議ではない。

 生唾を飲み込む。

 これなら知らない衛兵に連れて行かれたほうがマシだったかと後悔しそうになる。

「……パンツくったことあるか?」

 が、こいつはやっぱりフェリックスだった。そう言い終えた瞬間に吹き出す、馬鹿で阿呆な俺の友人のままだった。

「聞いてりゃわかるだらそれぐらい」
「いやー笑った笑った、こんなに笑ったのら久しぶりだな」

 人が死ぬほど焦ったというのに、この男はヘラヘラ笑う。そう言えば俺が失敗したときはいつだって、一番近くで腹立つぐらいに笑ってたっけか。

「ま、そういう事なら協力してやらんでもないぞ。支援法だって下着泥棒のために作られた訳じゃないからな」
「本当か?」

 随分と簡単に色良い返事が帰ってきて拍子抜けしてしまう。仮にも国を上げて支援している人間に対して、あまりにも適当すぎやしないかと。

「親父に言っておくよ、アンタのお気に入りの勇者さんが町に来てるから顔出せってな。すぐに御触れでも出すだろうさ……その帰りに呼び止めてパンツ返してもらえばいいだろ、流石に城の中で暴れる輩じゃないだろうしな。殺す殺さないに関してはまぁ……出来れば事故とかに見せて国外でうまくやってくれ」

 フェリックスの案について少し考えると、なるほど理にかなっているように感じた。国王からこれからも頑張れよと激励された後に、地方領主の俺が笑顔でやってきて適当に寄付金でも渡してパンツと交換してもらう。ついでに口止めの念書でもつければ、とりあえずクワイエット領みたいな事は無いだろう。殺す殺さないに関しては、レーヴェン一人で頑張ってもらおう。

「そうしてくれると本当に助かるんだが……お前随分あっさりしてるな」
「正直勇者ってのは胡散臭くてな。身内が遠征に出たり、真面目に街を守ってる身からするとな」

 現場からの声としては、成る程言われてみれば納得できるものであった。

「真面目に、ね」

 もっとも発言する人間は、ついさっきまで仕事を辞めたいとぼやいていた男だったが。

「そうそう、真面目な衛兵のフェリックスくんは旧友にここの支払いを押し付けて見回りに戻るのでしたっと」

 伝票を俺の前に差し出してから、フェリックスが席を立つ。それから兜を被り直し、重そうな槍を掴む。

「いや、これぐらいは全然。それより助かるよフェリックス」
「いいさ別に、親友だろ?」

 そして彼は酒場を後にして街の雑踏に消えていく。残った酒を飲み干すが、随分と味気ない物に変わっていた。気が抜けたせいだなと思いながらも、本当の理由はわかっていた。






 一杯ひっかけたおかげで気分良く店を出ると、そこには肩で息をするアイラがいた。額には大粒の汗が流れ、健康的という言葉がよく似合う。

「あ、キールさん……ごめんなさい取り逃がしちゃいました」
「いや大丈夫、この馬鹿げた騒動は明日解決する事になったから」
「そうなんですか?」
「そうなんです」

 きょとんとした顔でアイラが聞いてきたので、胸を張って答える。詳細については全員がいるときにでも説明すれば良いだろうから。

「良かったぁ……ところであの、非常に言いづらいんですけど、その宿屋って……どっちでしたっけ?」

 つい先程張り込みをしていた宿屋ではなく、俺達が泊まる方の宿屋。馬車やら荷物やらを預けているのだが、ここからは少し遠い。

「そりゃそこの角を右に曲がって……」

 頭の中で地図を描いてみるが、2つ目の角の百貨店を左に曲がったところで止めた。

「いやアイラ、観光客なんだから観光しないと」

 何で普通に帰らせようとしてるんだ俺は。今はシンシアの小間使いではあるが、本当は観光客なのだ彼女は。しかも年頃の女の子だ、下着泥棒を追いかけるだけなんてあまりにも悲しすぎる。

「そうしたいのは山々なんですけど、迷子になっちゃいそうで」
「それもそうだな……だったら一緒に見て回ろうか? どうせ明日までやること無いし」

 背中を伸ばし、欠伸混じりにそう答えた。彼女を心配していないわけじゃないが、久々に王都を見て回るのは案外楽しそうに思えたからでもある。

「良いんですか? あ、でも他の方に一声かけてからのほうが……」
「良いの良いの。ここ数日俺達は馬車を走らせてたけど、他の連中は何もしてなかったし」

 帰ったら多分怒られるが、それぐらい良いだろう。ここまでの旅で一番目に焼き付いているのは、実はパンツでも勇者でもなく馬の尻なのだから。

「じゃあその……あたし、行ってみたいところがあって!」

 アイラは俺の手を掴み、ゆっくりと走り始める。酒も入って気分は上々、財布の中身はそれなりに。だから今日一日ぐらいは、遊び呆けても良いような気がしていた。まあいつも似たような物ではあるけど。



 年頃の女の子の観光に付き合うという意味を、公園のベンチでうなだれて初めて理解した。

「疲れた」

 この一言に尽きる。観光名所に行けば行列に並び屋台を見つければ行列に並びうーんアクセサリーはどうしようで5軒周り途中で見つけたレストランで並んで食べて食べて次の観光名所に。もはや似たような王都の景色に嫌気さえ差してしまう。

「あたし、何だか一生分遊んだような気がします……」

 一方アイラは目を輝かせてそんな事をいう。とりあえず今日わかったのは、彼女が底なしの体力を持っていることと、その原動力は胃袋だということだろう。

「食べた、じゃなくて?」
「キールさん? 女の子にそういう事言うの嫌われると思いますよ」
「そう? あそこのアイスクリームの屋台何か、アイラ食べたそうだなって思ったけど」

 公園の噴水の近くの屋台を指させば、彼女は頬を膨らませ恨めしそうな目を俺に向けてきた。

「それはその……食べたいですけどぉ?」

 どれだけ食うんだこの子という言葉は、嫌われたら困るので言わないでおこうか。

「はいどうぞ。ついでに何か冷たい飲み物頼むわ……」

 少し多めのお金をアイラに渡して、荒くなった呼吸を整える。ぼんやりと彼女を見れば、真剣な眼差しでアイスクリームの味をどうするか悩んでいた。それから俺の分の冷たそうな炭酸水を受け取って、店員にお辞儀をしてからこっちへ小走りで戻ってくる。

「はいどうぞ」
「はいどうも」
「お釣りは……」
「いいよそれぐらい。パシリにしたからね」
「返せって言っても返しませんよ?」

 1クレ程度だというのに、悪戯っぽく彼女は笑う。こういう素朴で素直な人っていうのは、もしかしたら人生で初めて関わるかも知れない。
 

「それでは、いただきまーす」

 それから彼女は一口かじり、子供のように足をバタつかせて幸せそうに顔をしかめる。俺もつられて炭酸水を飲み込むが、こっちは身悶えするほどの味はしなかった。

「キールさん、今日はありがとうございました」

 目を離した隙に完食したアイラが、今度は俺に頭を下げる。一々礼儀正しいねこの子。

「いや、俺も楽しかったよ。王都の観光なんてちゃんとしたこと無かったから」
「そうなんですか?」
「領主とか貴族の集まりで来たときはすぐ帰るからね」

 どうせ家に戻ってもやる事は無いのだが、どうも男一人で王都を満喫ってのは中々難しいのが実情だ。男性向けの店が無いわけじゃないが、立場上行くわけにはいかない。

「その……キールさんは領主様なんですよね?」
「そうだよ。そう見られた事はあんまりないけど」
「あ、いえそういうつもりじゃなくて!」

 失礼な発言と勘違いしたのか、慌ただしく両手を振るアイラ。それからオレンジ色が混じり始めた青空を見上げて呟く。

「えっと、何かこういいなぁ……って思って。あたしの生まれたところは、全然そんな所じゃなくて。この間の人よりもっと酷い、威張ったり怒鳴ったりそういう人なんです。無茶な事をやってそのツケを領民に支払わせるようなそんな人」

 目を細めて彼女はそう言う。彼女が具体的にどこ出身だとは聞かされていないが、国の北側でそういう類の領地の候補は2,3個あった。多分そういう場所の出身なのだろう、彼女は。

「あーあ、あたし何であんなところに生まれちゃったんだろ。キールさんのところが良かったなって」

 少しだけ悲しそうに笑うアイラ。そんな笑顔に絆されて、つい口が滑ってしまう。

「だったらそうすれば良いよ。警備隊の連中が職場に花が無いって嘆いたから」
「えっ、いやその流石に申し訳ないっていうか……」
「アイラが来てくれるんだったら、連中も喜ぶさ」

 エルサットの警備隊の連中の顔を思い出す。たまに詰め所に顔を出す事があるが、遊んでるか欠伸してるか迷子の道案内か落とし物を預かっている程度の仕事ぐらいしかしていないうちの連中。無邪気な彼女がそこにいたら、男所帯の彼らも良い所を見せようと真面目になってくれるかな、なんて期待して笑ってしまう。

「それにほら、武器は持参してるみたいだし」

 ここで今日一日気になっていた事を言葉にした。彼女の腰から下げている鞘に収まった片手剣は、観光には必要ないように思えていたからだ。

「あ、これはその……半分お守りみたいなものでして」
「その割には剣抜いた所見たこと無いけど」
「そっちのほうが良いと思いません? ちょっとえいっってやる程度で」
「それもそうだなぁ」

 彼女の言い草に妙に納得してしまう。確かに抜き身の刃物を振り回すより似合っているような気がしたからだ。

「えっと、その……今のあたしはキールさんのところでまだ働けないんですけど」

 彼女はまっすぐと俺の目を見て、真面目な顔をして言葉を続ける。

「いつかその時が来たら……お世話になってもいいですか?」
「アイラならいつでも歓迎するよ」

 右手を差し出せば、彼女が両手で握り返す。安心したような笑顔で彼女は何度も上下する。たまには自分も領主らしい事もできるのだと、少しだけ自画自賛する。

 そこで夕方の鐘が公園に鳴り響く。炭酸水を一気に飲み干し近くにあったゴミ箱にうまく入れば、盛大なゲップが出る。

「そろそろ帰ろうか。流石に怒られそうだ」
「……ですね」

 ベンチから立ち上がり二人で宿へと歩いていく。沈みかけた夕焼けが照らす王都を、今日初めて綺麗だなと思えた。






 翌朝俺達はフェリックスに会いに行った、というか城門の前に出向いていた。雁首揃えて行くような場所じゃ無いとは思うが、それぞれ事情があるのだから許してもらおう。

「流石に緊張するわね……エルガイスト城なんて、お兄様でも入った事があるかどうか」

 事の重大さを理解しているシンシアが、珍しく額に汗を書きながらそんな事を言う。

「まあでも、あの顔を見れば落ち着くだろ?」
「王子様の顔を見て落ち着くのは、貴族じゃあんたぐらいよ」

 ため息をつくシンシアだったが、城門前で欠伸をする顔を拝めばそんな事は無いような気がしてしまうのは何故だろうか。

「よぉ親友、予定より早かったじゃないか」
「おはようフェリックス……衛兵の仕事は?」
「休みもらったよ、実家にいる方が仕事っぽいけどな」

 王族らしい高そうな服を着たフェリックスが、窮屈そうな襟元を摘みながらそんな事を言い出す。もっともその気持はわからなくもないのだが。

「お久しぶりでございます、エルガイスト王国第三王子、フェリックス=L=ガイスト様」

 シンシアは貴族の令嬢らしく、スカートの裾を摘んで恭しい挨拶をする。なるほどこれがコイツに対する一般的な対応なのか。

「あのなぁシンシア、オレそういうの苦手だって知ってるだろ? キールみたいにしてくれないか」
「それでは……まぁ言わせてもらうけど、あなたはこういうのに慣れなきゃいけない立場なのよ? 自覚あるのかしら?」

 咳払いを交えてから、数年前に戻ったような態度でシンシアが説教する。対する王子様と言えば、記憶にある通りヘラヘラと笑っていた。

「いいのいいの、どうせ王位は一番上の兄貴が継ぐからな……ところでこちらの美人さん三人は?」

 珍しく気の利いた台詞を吐くフェリックスに応じて、それぞれが簡単な自己紹介を行った。ちなみに美人と言われての反応だが。

「クワイエット家メイドのセツナでございます」

 セツナは表情を崩さない。さすが筋金入りのメイド、ポーカーフェイスはお手の物だ。

「まお……占い師のレーヴェン」

 当然ですと言わんばかりの態度のレーヴェン。そうだね君この国の人じゃなかったね。

「えっと観光客で今はシンシアさんのお手伝いのアイラです」

 以外にもしっかりとした受け答えをしたアイラ。まぁ偉そうな具合で言えばシンシアの方が数段上だからな。

「オレはフェリックス……ってシンシアが言っちまってたな。まあ変に気を使わないでくれ」
「それでは失礼ながら、キール様のご学友として接しさせて頂きます」
「それが嬉しいかな」
「あ、えっと田舎者だから失礼とかあるかもしれませんが……」
「都会ではこういうフランクなのが流行ってるんだ」
「わかった」
「君理解早いな」

 三者三様の答えをしてから、フェリックスは城門前の兵士に合図を送った。鉄の門が開けば、これまた豪華な城の一端が目に入る。

「勇者が来るのは昼ぐらいって聞いたな、それまで時間があるな……応接間は使えないしオレの部屋でいいか?」
「お茶が出るならやぶさかじゃない」

 都会で流行中の態度で接するレーヴェンの頭にシンシアの拳骨が降りかかる。けれどさすが都会人、フェリックスはヘラヘラと笑って受け流す。

「それは怪しいな、ほら今のオレって」

 申し訳程度に腰からぶら下げた剣を指先で叩いて、フェリックスが口元を緩める。

「ただのお巡りさんだから」

 出てきた言葉はその服装に似つかわしくないものの、この男の口から出るには十分すぎる言葉だった。