第3話 とある領地にて(前)



 アイラが仲間になって、非常に助かった事がある。

「キールさん、そろそろ交代しましょうか?」
「助かるアイラ。流石に一人だと辛くて」

 それは彼女が馬車を扱えるという事だった。リーゼロッテ領を後にしてはや二日、交代要員がいるだけで疲労の溜まり方が段違いだ。

「中で休んでいてください。寝ていても良いですよ?」
「それが出来れば良いんだけど」

 御者台を離れ、そのまま馬車の中に入る。シンシアもレーヴェンもセツナも、相変わらず優雅にティータイムを楽しんでいた。

「で、勇者に追いつくまであとどれ位?」
「まだ三日ぐらいかかる。なんか祠だかで移動したから追いつくのに時間かかる」

 レーヴェンの答えにため息が出る。何でもありだな勇者ってのは、こっちは汗水垂らして追いかけるしかないというのに。主に俺とアイラだけどさ。

「ねぇキール、なにか面白い話ないかしら」
「無いよ別に。クワイエット領は平和が売りなの」

 暇に耐えきれなくなったシンシアが、紅茶を啜りながら突然そんな事を尋ねてきた。ただ質問が悪かった、俺にしてみればそれは世間話ではなく難問だった。

「それにしても、シンシアはよく許可出たな。付き人もなしで同行なんて」

 というわけで、俺の方から質問をする事にした。ここ二日間、少しだけ気になっていた事についてだ。

「相変わらず間抜けなこと言うわねあなた。クワイエット家の家長とお出かけなんて、お父様泣いて大喜びよ」
「……何で?」

 そう聞き返すと、今度はシンシアがため息をつく番だった。シンシアの父親に泣いて大喜びされるってのがいまいち腑に落ちない。

「ねえセツナちゃん、どうしてこの男は貴族の素養というのがこうも無いのかしら? もしかして自分の置かれてる立場わかってないの?」
「お恥ずかしい限りです」
「良いことキール、あんたはクワイエット領主で独身で天涯孤独。それに嫁ぐってことは、丸々クワイエット家の実権を握れるような物なのよ? あんたを狙ってるの結構多いんだから少しは気をつけなさいよねハニートラップに美人局とか」
「まあ、学生の時はうすうす感じてたけど今もか。街で食事しても何も無いからそういうの終わったのかと」

 財産目当てだろうなって女の子に声をかけられたことは学生時代に多々あったのを思い出すが、まさかそれが継続してるとは。

「呆れた。庶民派は領民からの評判良いけど、貴族の鼻つまみ者だってのは肝に銘じなさいな。まあ……こういう出先で余計なトラブルを避けたければ身分を隠すことね。もっともあなたは貴族のフリの方が疲れるでしょうけど」
 
 ――なんて人に説教をしていたシンシアが、だ。



「ねぇねーキールーお酒ーお酒もう終わりなのー足りなくなくなーい?」

 その日の宿屋のスイートルームで、情けないぐらいに飲んだくれていた。

「うっわ酒くさ」

 様子を見に行ってみたらこのザマで、思わず鼻をつまんでしまう。ちなみに俺だけ下の階のシングルルームである。男一人、まぁ気楽でいいけどさ。

「こっちの飲み物も悪くない。良い味出してる」

 昼のうちに買っておいた酒はもう、女性四人に飲み干されている。シンシアは泥酔し飲んでは吐いてを繰り返すし、レーヴェンは瓶ごとラッパ飲みなんかしちゃって。

「そりゃお姫様のお口に合って良かったよ」
「ようやくわかってきたねキール。だからもう一本」

 足元に転がる酒の瓶は1ダースを超えていた。えっと一人頭ワイン三本? そんなに飲めないぞ俺。

「ごごごごめんなさいキキキキールしゃんあたし飲んでないのに匂いででで」
「アイラは座ってて良いよ」

 アイラはまだ子供なのか口はつけていないみたいだが、それにしても泥酔していることに変わりない。ともあれこれで一人頭四本、飲み過ぎだね君らね。

「この時間酒屋やってるかな」
「酒屋がやってないなら酒場で買ってくればいいじゃない? 瓶ごと」

 シンシアはカバンから財布を取り出すと、乱暴に俺に投げつけてきた。良家のお嬢様が聞いて呆れる、まだ場末の酔っぱらいのほうが行儀正しい。

「そりゃいい案だこと」
「キール様、ご一緒いたします」

 一人だけ一滴もこぼさず飲んでいたセツナがゆっくりと立ち上がる。のだけれど、今の彼女がそこまでする義理はない。

「いや良いよセツナ、扱いとしては休暇中だろ? いつも頼ってるからね、たまには羽根を伸ばせばいいさ」

 ふと周りを見回すと、羽を伸ばしすぎて親御さんが見たら泣いて悲しむ光景が広がっていた。

「堕落しない程度にだけど」
「いいえ主人を夜の街にほっぽり出すなどあとでセバス執事長にこっぴどく叱られてしまいます」

 まあセバスは怒るだろうけどさ。

「それに今回の旅は全て業務扱いで請求させていただきますのでご安心下さい」
「そりゃ安心だ」

 というわけで夜の街を、メイドと二人で歩くことになりましたとさ。






 フォルテ領スクランデルの街を歩く。エルサットと比較すると活気があるとは言い難いが、夜の街は屋台の明かりで賑やかだ。

「しかしこうやってセツナと知らない街を歩くのも不思議な感じだな」
「そうですか?」
「まぁ俺が領地から出ないってのもあるけどさ」

 異国情緒と言えるほどでもない。街は基本石造りで、ここエルガイスト王国の中じゃ特段珍しいものでもない。それでも彼女と歩く知らない街は、どこか遠い国にいるような感覚に襲われる。

「良い機会だと思いますよ、私は。見聞を広めるのも、領主として大事な仕事ですから」
「そうかな」
「そうです」

 もっとも俺は、感受性の豊かな方じゃない。ここを参考にしようとか、ここが改善点だとかそういうものを思いつけるほどの頭が無いのだ。多分領主に向いてないんだろう。

「セツナは……行ってみたい所はある? やっぱり里帰り?」

 自然とそんな言葉が口に出ていた。セツナはその名前の通りこの国の出身じゃないから。

「あまり……思い出らしいものもありませんので」
「そっか、なんかごめん」

 どこかその口調は、良い思い出がないように聞こえてしまった。

「簡単に使用人に頭を下げないで下さい。シンシア様ではありませんが、安く見られてしまいますから」
「なら……南の島とかどう?」
「良いですね、たまにはそういうの」

 思いつきの発言だったが、それは名案のように思えた。たまには全部を忘れて、波の音を聞いて太陽を眺めて冷たいビールでも飲んで。パンツのことも忘れられたら最高だろう。

「ならいつか、屋敷のみんなで行こうか」
「その時までには奥方を見つけていただきたいですけどね」

 言葉が詰まる。最近はそういう話もなかったが、領主として妻も子供もいないのは正直言って批判の的だ。というわけで何も喋らないでいたのだけれど。

「う、動くな!」

 闖入者が沈黙を破った。子供の震える声とナイフ。

「か、金を出せ! 有り金全部置いていけ!」

 怖くはなかった。突き出されたそれが命を失うリスクがある事を理解しているが、刺されるという恐怖はない。汚れた服を着た少年は、否応もなく貧困の二文字を想起させる。

「迂闊でした、路地に入ってしまったようです」
「ほ、本気だぞ!?」
「まあ冗談でナイフは出さないよね」

 本気だけど本気じゃない、金は欲しいが刺したくない。だから一番の解決方法は大人しく小遣いを渡して見逃してもらう事なんだろうけど。

 彼の腹の虫が鳴った。光り物よりも食べ物の方が似合いそうだ。

「腹減ってるのか?」
「うるさい!」

 次に俺の腹が鳴る。宿の晩飯はシンシアの趣味で豪勢なコースだったが、一日中馬車を走らせていた俺には足りなくて。

「……俺もだよ」



「いやあ、こういうのってなかなか食べる機会なくてね……美味いの?」

 ホットドッグという食べ物らしい。まぁソーセージと野菜をパンで挟んで調味料を上からぶっかけた食べ物なのだが、こうやって食べるのは初めてだった。

「食えばわかる」

 丸椅子と丸机に三人で腰を掛け、二人してかぶりつく。ちなみに特段夜食の必要のないセツナは、オレンジジュースを飲んでいた。

「それもそうだね」

 うん、味は悪くない。ソーセージと野菜とパンの調味料の味がするな、こう夜中に喰うと二倍ぐらいうまいな本当。

「キールさん、晩御飯足りなかったんですか?」

 キールさん。様じゃないのは、今俺達が置かれてる状況に配慮してくれたのだろう。何せ俺が貴族だと知れたら、子供の気が変わるかも知れないしね。

「ああ、そんな所」
「メイド連れてるくせにか」
「何を勘違いしているかわかりませんが、私達はさる良家のご息女の旅行に同行しているメイドと馬車の御者ですよ。明日の食料の買い出しに行こうとした所、女一人ではとついてきてもらったのです」

 いい返しだと素直に思う、何せ嘘が殆ど無い。こういう時本当のことを混ぜて喋るのは賢いやり方だ。

「こんな時間にか」
「お嬢様はワガママでね」

 これも本当。

「ふーん、金持ちの家来にも色々あるんだな」
「そういうあなたは強盗ですか? 色々あるのは察しますが、慣れていないならやめた方が良いですよ」
「うるさい!」

 ソーセージの食べかすが飛ぶ。少年はそれをつまんで口に入れると、ゆっくりと口を開く。

「金がいるんだよ」
「それはまあみんなそうだ」

 いらないって奴もいるが、そいつらは預金が腐るほどあるだけの話。つまり誰にでも金は必要。

「なら真っ当に稼ぐ事ですね。対価もなしに金銭を得ようなど」
「でも貴族はそうだろう!」
「まあ……フォルテ領主は評判良くないよな」

 少年の言う貴族は領主の事で良いだろう。領主以外にも貴族という身分はあるが、実質他の商売にかかりっきりなのが現状だ。

「お前の方は見所あるな」
「久々にそう言われたよ」

 頭の良さを褒められたのは読み書きを覚えた頃まで遡らなければならない、と自分史を紐解いてる内に完食する。ただ子供は半分ほど食べたところで、その手を止めてしまっていた。

「もう食べないんですか?」
「おれだけ食うわけにはいかないからな」
「全く……何人ですか?」
「どういう事?」
「大方子供だけで集まって暮らしているんでしょう。それで盗んだり強盗したり」

 ため息混じりにセツナが答える。今日の彼女はいつも以上に聡明なような気がした。

「……5人」

 まあそれぐらいなら足りるか。

「すいません店主さん、これと同じ物5つ包んで貰えますか?」
「キールさん甘やかすのは」
「いいよどうせシンシアの金だし」

 小声でそう答えると、セツナは微妙そうな顔をした。一応冗談のつもりだったが、ホットドッグ五人前の駄賃はもらっても良いような気がした。

「代わりに、もうするなよあんな事」

 一言だけ添えて差し出す。少年は一気に残りの食べ物を口に詰め込んで飲み込むと、睨みながら奪い取り。

「……バーカ! バカバーカ!」

 子供らしい逃げ台詞を口にして、そのまま路地へと消えていった。その後姿を二人でセツナと見送ってから、思い出したように俺は呟く。

「酒買って帰ろうか、セツナ」

 というか本当に思い出した。俺はあのワガママ貴族令嬢の使い走りという名目でここに立っているのだという事を。

「そうしましょうか、キール様」

 彼女はほんの少しだけ口元を緩めて答えてくれる。その理由はわからないが、ほんの少しだけ誇らしかったような気がした。






 翌朝馬に餌をやって動きやすい服を着てさあ行くぞ勇者を追う旅へ気合い入れて頑張るぞ、などと考えながら女性陣の部屋の扉を開けた自分が愚かしい。

「飲みすぎたわ……ねぇキール、全額払うからもう一泊するわいいわよねはいこれお金」
「戦略的休憩がひつよう。あと迎え酒」

 二日酔いが二人である。どうやら俺たちの冒険は今日もお休みで良いらしい。どうせなら帰りたいが、それは贅沢すぎるのだろう。

「怠惰ここに極まれりだな」
「あなたの買ってきた酒が強すぎたのよ、何よ度数60って!」
「それしかなかったんだよ……って誰もそのまま全部飲めなんて言ってないだろ」

 実を言えば嘘である。本当は10度程度の酒はいくつか酒場にあったのだが、その量を二人で運ぶのは文字通り骨が折れる作業だった。というわけで数本程度、割って飲んでもらえればと思い度数の一番高い酒を買って来たのだ。ちなみにその酒の瓶は空になって床に転がっている。

「あー大声出したら頭痛くなってきたわ……無理、寝る、おやすみなさい」
「飯でも食ってくるかな……セツナとアイラも行く?」

 布団に潜り込んでいる二人を尻目に、残りの二人に声をかける。一人だけ勝手に食事を済ませるってのはどうもね。

「ええ、行きましょうか馬車の御者のキールさん」
「わかった今日一日それな」

 無用なトラブルを防ぐため昨日の設定を引き継ぐのね了解しました。

「なんですかそれ?」
「今日の俺は庶民ってことで」

 襟をつまんでアイラに答えるが、彼女はいまいち納得しないような表情を浮かべていた。

「そういうのもあるんですね」
「いつも似たようなものでしょあなたは」

 布団の中から辛辣な言葉が聞こえてきたが、聞き流す事にした。俺はあんまり貴族らしくないですよ、どうせ。



「……あんまり朝って感じはしないな」

 街に出るが、第一印象はそんな感覚だった。朝ってのはもっと店の準備や職場へ急ぐ人々などで賑やかなものだと思っていたが、ここは少し違うらしい。

「フォルテ領主ってどのようなお方なんですか?」
「シンシアの所とは別の意味で、絵に描いたような貴族かな」

 セツナの質問に、思い出しながら答える。顔見知り程度の人物だが、その悪評が轟くには十分すぎる相手だった。

「つまり悪い人なんですね!」
「まぁ一般的にはそうだろうね。会合とかで会ったことはあるけど、ああいうのがいると思うと気が滅入るよ」

 金と女と権力。人間の欲求に忠実な支配者というのが、ここフォルテ領主のエドガー=L=フォルテに対する印象だった。

「どうにか……ならないんでしょうかね」

 大方ここの税金は、彼の私服を肥やすために重いのだろう。重税でも還元されているなら擁護の余地はあるが、ここはあまりなさそうだ。その証拠に人々の表情は暗く、足取りはひどく重い。大方昨日の屋台は観光客相手か脱税まがいの商売なのだろう。

「それは領民が決めること。自治権もあるし口を出すのは越権行為さ」

 どこかの折に嫌味を言う程度ならできる。が、ここの領地はこうこうこうでこうだからああしろと他の領主が言うのは政治的に問題がある。それはこのエルガイスト王国の成り立ちに関係がある。

 もともとこの王国は、小さな国の集合体だった。それぞれの領地にはそれぞれの特色があり、文化や風俗どころか、政治の形態ですら別物だった。例えば俺の領地であるクワイエット領は村社会の合議制から発達した直接民主主義だったが、ここフォルテ領やシンシアのとこのリーゼロッテ領は王政だった。建国王エルガイストに歯向かい直属の領主が配置されたような所もあるが、基本的には当時の代表の家系がそのまま領主として据えられたのだ。

 つまりまぁ長々と考え込んでしまったのだが、要するに色々面倒くさいのだ。

「すみません差し出がましい事を」
「いいさ、同僚だろ?」
「でしたね」
「ところで、朝ごはん何にしましょう?」

 アイラがここで本題に入ってくれた。まぁ今日は一日暇なので、ゆっくり決めても良いだろう。

「昨日のホットドッグだかは美味かったな」
「どんな食べ物ですか?」
「こうソーセージって豚肉の腸詰めと野菜を細長いパンに挟んで調味料をぶっかけた食べ物」
「なんか想像付きませんね……」
「キールさんの説明が悪いのかと。実物を見てもらった方が良いんでしょうけど」

 呆れた顔でセツナが答える。そう言われても食べ物を言葉だけで説明しろってのも無理があるよな。

「確かにね。昨日の屋台は……やってなさそうだね。似たような店があれば良いんだけど」

 周囲を見回してみるが、流石に昨夜のように屋台が並んでいるという都合のいい事はない。どこか食堂でもあれば良いのだが、朝一番に開いているような店は中々見つからない。

「ですが昨日の袋を持っている人ならいますね、ほらあそこ」

 セツナが指さした先には、昨日の店の紙袋を持った子供がいた。

「いや昨日の子供だろアレ」

 というか昨日ホットドッグをご相伴した本人そのものだった。

「ですね」
「お知り合いですか?」
「少しね。あの子供に聞いたらホットドッグ売ってる店教えてもらえるかな」

 アイラの質問に答えていると同時に思いつく。というわけで物陰に隠れている少年にこっそりと近づき、その肩を軽く叩いた。

「なあ少年、ちょっといいか?」
「うわ昨日の!」

 振り返るなり大声を上げる少年。と思ったら今度は自分の口を急いで手を塞いでから、また物陰に隠れて通りを歩く一人の女性に視線を送ってつぶやいた。

「……気付いてないよな」
「ストーカーですか悪い人ですか成敗しますか!」

 いきなり鞘ごと剣を構えながら物騒な事を言うアイラ。というか食事しに行くぞって言ってるのにどうして武器なんか持ってきてるんだろうか。

「違う! 昨日渡せなかったから、シーラにこれを届けようと……」

 手にあるのは昨日の袋。いや昨日のだよなそれ届けて喜ぶのかそれ以前に傷んでたりしないのか?

「へぇ、なかなか綺麗な方ですね」
「はぁ、確かに綺麗な人だべ」
「おぅ、本当に美人だな」

 俺たちも少年の真似をして、壁から顔だけだして女の子を見てみる。確かに生活からくる服装のみすぼらしさはあるものの、顔立ちは整っていると言っても良い。整えるものを整えれば、良家の子女にも負けないだろう。

「ちょ、寄るなよ暑苦しい!」

 彼女はたまに振り返ったり周囲を見回したりと、散歩にしては随分と物々しい。

「どこかに向かってるのかな……知ってる?」
「わからないからこうやって後を付けてんだろ馬鹿かあんた」
「よくご存知ですね」

 行き先を尋ねただけでひどい言われようだ。

「行きましょう! あの様子、何だか悪い事の匂いがします!」
「何だその理論……まぁでも」

 鼻息を荒くするアイラをなだめてから、少しだけ考える。それは今日やるべき事であり、食事と睡眠ぐらいしか無い訳で。

「確かに良い暇つぶしか」

 興味本位で申し訳ないが、首を突っ込ませて貰うことにした。まあ女の子一人の尾行程度で、パンツを食わされるような事は無いだろうし。






 歩くこと小一時間、行き着いた先は大きな屋敷だったのだが。

「ここ、フォルテ領主の館ですね」

 セツナが訳知り顔でそんな事を言ったが、表札読んだだけなんだよな。

「なまらでかいですけど、リーゼロッテさんのとこよりは小さいですね」
「それ本人の前で言うなよ……小さい方はきっと怒るし、大きい方は図に乗るから」

 なんて物陰でやり取りをしていると、追いかけていたシーラという美人さんはそのまま屋敷の中へと入っていった。

 貧乏な美少女が一人で悪評轟く貴族のお屋敷に、ね。

「中入っちゃいましたね」
「……どうする少年待つか?」
「少年じゃねぇヘルマだ……いや、中に入って確かめる。どうせここの領主様だ、シーラにひどいことさせてるに決まってる」

 小さな拳を鳴らしながら、少年改めヘルマは歯ぎしりをしながらそう答えた。無謀な事だとは思うが、その気持ちは十分わかる。

「どうやって? まさか忍び込もうなんて考えてませんでしょうね。見つかれば殺されますよ?」
「それでも行く。大体あんたらには関係ないだろ」

 ヘルマの言うことは尤もだ。興味本位でのこのやってきた部外者の一団が俺達だ、ああだこうだと意見する筋合いは無い。それでもセツナは無表情を貫きながら言葉を続けた。

「いえもっと安全な方法があるので提案しようと思ってたところです」
「へぇどんな」

 意外な答えが帰ってきた。いや俺が身分を明かせば入れるだろうが、流石にそれじゃないよな。

「まずアイラさんがキールさんを取り押さえます。キールさんは動かないでください」
「こうだべか?」

 後ろに回ってアイラが俺を羽交い締めにする。あれ、これなんかレーヴェンにもやられたな。

「次にキールさん、口開けてください」

 そしてセツナは外出用の小さな鞄の中身を漁り始める。うん、これはもうあれですね。

「……嫌だ」

 拒否する。これならまだやあやあ我輩がクワイエット領主だぞ茶の一つも出さないのかねと威張り散らしたほうが余程楽だ。

「というと思ったので、ヘルマ君は彼の口を無理やりでもいいので空けてください」
「これでいいのか?」

 ヘルマは思い切り俺の顎を掴んで力の限り下ろす。

「ええ、大丈夫です。といわけでキールさん、うちの領の刑務所で人気者の詐欺師のパンツでございます」
「ほおひほ、ほんはおひほ?」

 その人女の人? と聞きたかったがうまく口が動かない。

「何言っているかわかりませんが、当然男性でございます。女性の方もいらっしゃいましたが、結婚詐欺師で汎用性に難がありまして」

 いや汎用性とか言われても、と反論しようとした口は男物のパンツに塞がれる。ここ数日思うのだが、俺は前世で悪い事でもしたのだろうかと思う。そうだ、今度はちゃんとした占い師に頼んでみよう。俺とパンツって前世で関係ありますかってさ。

『パンツイーターシステム発動、レアスキル”詐欺師”を入手しました』

 まあ、そうですと答えるような占い師は詐欺師だと思うけどね。



 口八丁手八丁という言葉があるが、応接間に案内されるのに必要なのは口だけだった。さすが詐欺師のスキル、口も舌も別の生き物なんじゃないかというぐらい随分華麗に動いてくれる。

 やあメイド長さんここのご主人にえっただの使用人まさかそんなご謙遜をそんなに聡明そうなのにああ申し遅れました私旅の商人でございましてこちらの領主様に是非買い取っていただきたい物が物を見せてくれですかそれはちょっとでもこれね、どうですかまあチップなんですがチップを惜しまぬぐらいに良いものなんですよ本当まあでも美人に払うお金を惜しいと思ったことありませんけどねはっはっはありがとう応接間で待ってますね、なんて歯の浮くような台詞が俺の頭で思いつくわけないのだから。

「どうぞこちらでお待ち下さい。旦那様がすぐにお見えになりますから」

 案内してくれたメイドがにこやかな顔を浮かべながら部屋を後にすると、俺達は皆一斉にため息をついた。

「はぁ……詐欺師ってこんな感じで信用得るんですね。なまらこわいっすね」

 アイラの言うことは最もである。言葉だけで鹿撃ち帽に色眼鏡を装備した俺が領主と面会出来るのだ、俺が暗殺者だったらどうするつもりだったんだろう彼女は。いや待てよそう言えば暗殺者でもあったな俺。

「便利なのは良いけどさ……なんか俺どんどん悪者になってない?」

 えーっと確か魔王にスーパー執事に暗殺者に詐欺師だっけか。うんどう考えても牢屋で大人しく過ごしてた方が良い人間だなこのままだと。

「キールさんが悪者……!? そんなあたしどうすれば」
「アイラさん、力は力です。問題はそれをどう扱うかではないでしょうか」

 そうは言っても俺の能力活かせそうなのって世界征服ぐらいだろこんなの。

「なぁあんたら……何なんだ? どこぞの金持ちの召使いじゃないのか?」
「その質問の答えは俺が聞きたいぐらいだよ……って良いのかヘルマ、シーラだかを探しに行かなくて」

 さて、彼にここで油を売っている暇はない。シーラという先程の美少女を探しに来たという一番の目標を些細な事で忘れられては困るからね。

「いやでも見つかったら殺されるんだろう?」
「便所の場所がどうとか言えば良いだろ、流石に迷子をすぐ殺しはしないよ。それにアイラも一緒に行ってもらうし」
「あたしですか?」
「ほっとけない性格でしょ?」
「もちろんです!」

 そう尋ねればアイラは笑う。人懐っこいそれを見て、初めて彼女の表情を見たような気がした。