期待はしていないつもりだった。それなのに心がこんなにも重く感じるのは、やっぱりどこかで少し夢を見てしまっていたのかもしれない。ショックを引きずったまま、私は一人とぼとぼと夕暮れの帰り道を歩いていた。目の前に伸びている私の影も、こころなしかぼんやりと薄くなっているように感じられた。

「あ、萩原さん、いたいた」

 後ろの方から私を呼ぶ声がする。ちょっと呼吸の乱れたその声に振り向くと、手芸部の吉田先輩がこちらに小走りで向かってきていた。
 実は私の憧れの先輩、でもある。
 吉田先輩が作り上げる手芸作品は、どれも仕上げも奇麗だし見た目やデザインも凝っていて、部活紹介の時に見た作品の中で私が直感で一番好きだと思ったのも吉田先輩が作ったものだった。吉田先輩は先を行っていた私に追いつくと、横に並んで歩き出す。視線は前に向けたまま、こちらに話しかけてくる。

「手芸コンクール、残念だったね」
「……はい、でも自分でも下手だって分かっていたので、いいんです」

 自分の足元をしょんぼりと見つめながら私は答える。先輩は励ますように声のトーンを少し上げて続けてきた。

「最初は誰でもそうだと思うよ。気にすることないって」
「でも、今回コンクールに入賞したのは同じ一年の沙織ちゃんの作品だったし……」
「一年生だとどうしても手先の器用な人が有利になっちゃうからね。私も最初は全然ダメだったもん」
「そうなんですか?」

 その言葉は私にとってとても意外なものだった。なんとなくの勝手な思い込みで、吉田先輩は最初から手芸が上手かったものだと思っていた。先輩はくすりと笑みを作って言う。

「いいもの見せてあげる。私が最初に作った作品」

 先輩がごそごそと鞄を探って取り出したのは、端がほつれてしまってぼろぼろの手芸作品だった。私が初めて作り上げて手芸コンクールに出した作品と、出来は似たり寄ったりだった。私は先輩の言葉をまだ信じられずに問いかける。

「ほんとにこれ、先輩が作ったものなんですか?」
「そうだよ。すごくへたっぴでしょ。でも私、この作品が大好きなんだ」

 そう言いながら、先輩は手に持った作品をわずかに目を細めて愛おしそうに見つめる。それはまるで子どもを見つめるお母さんのような目だった。その目のままに、私の方をまっすぐ見つめて先輩は言う。

「私は萩原さんの作品好きだよ。見ていると手芸が好きって気持ちがすごく伝わってくる。それにね、絆創膏だらけの萩原さんのその手を見ていると、私も一年生の時はそうだったなって思い出して、一緒だなって思ったの」

 ……そうなのだろうか。私も吉田先輩みたいになれるかな。そんな思いは知らず口からつぶやきとして漏れ出していた。先輩は深くうなずきながら私に向かって言う。

「大丈夫。好きって凄いよ。不器用かどうかなんて関係ない。その気持ちがあれば絶対に上手くなれる」
「でも、やっぱり私、自信がないです……」

 それでもまったく上手くなれる気がせずに思わず俯いた私を見て、吉田先輩は手に持っていた作品を私に向かって差し出した。

「じゃあさ、これは萩原さんが持っていて」
「え?」
「あげるんじゃないよ。貸すだけ。それを見て、こんなに下手だった先輩がいるんだって、自信をつけてよ」

 吉田先輩はにこりと笑う。私は吉田先輩の笑顔と差し出された作品の間で何度か視線を往復させる。ほんとうにいいんですかと問いかける私の視線に、先輩は笑顔のまま、いいんだよと頷いた。私はおそるおそる手を伸ばし、きっと吉田先輩にとっては宝物であるはずのその作品を、そっと受け取った。
「ありがとうございます」と言いながら私は頷いて、その作品をゆっくりと鞄に仕舞った。

「それと、もう一個、忘れ物だよ」

 そう言って吉田先輩がスカートのポケットから取り出して差し出してきたのは、一枚の短冊だった。そういえば今日、手芸部のみんなで願い事を書こうと言って、先生が手作りの短冊をそれぞれに渡してくれたのだった。手芸コンクールのことがショックで、一度もらったそれを私はすっかり忘れて家に向かっていたのだった。
 私がお礼を告げる前に、吉田先輩は「じゃあ、私こっちだから」と言って元来た道を走って戻っていった。
 ……もしかして、わざわざ私のために追いかけてきてくれたのだろうか。私は零れそうになる涙をぎゅっとこらえて、家に帰った。