で、俺がどうしてこんな病院の中にいるのかと言えば……。
簡潔に言えば、事故った。
車の免許を持っていない俺は、仕事へ行くのに自転車を使っている。
事故った日は午後から施設に用事があって、その時間に間に合わせる為おお慌てて自転車をこいでたんだ。
ま、完全に俺が悪かったと思う。
前を見てなかったんじゃなくて、見すぎてて、手前の信号に気づかなかったんだ。
禿た横断歩道のペンキを、俺は一生呪うと思う。
とにかく、赤信号に気づかずに、思いっきり飛び出して――。
衝突。
このまま……死ねるかも。
一瞬そう思った自分が今では怖い。
だって、『死ぬかも』じゃなくて『死ねるかも』だぜ?
俺って自殺志願者?
んなワケねぇって。
マジ勘弁。
で、今に至るってワケ。
な?
この状況を爆笑した上にエロ本なんて持ってくる奴の気が知れないだろ?
「ったく……」
思い出して、少し笑う。
とにかく、この骨折が治らなければなにもできない。
しばし休養……。
そう思い、俺は目を閉じた――。
病院の消灯時間って妙に早いと思わない?
まだまだ起きてられるっつぅの。
ちなみに、ここは10時に電気が消える。
「うわ、真っ暗」
本を読んでいた俺はそう呟き、枕元についている小さな電気をつけた。
ついさっき消灯の音楽が流れた所だったけど、しつこく読み続けていた結果だ
けれど……ここは大部屋。
俺のベッドから明かりが漏れているかもしれないと思うと、なんだか申し訳なくて長く本を開いていることができない。
だってさ、なんかわかんねぇけどここの病室みんな年寄りなんだよね。
年寄りが大怪我するようなことすんなよっ!
って言いたいけど、もちろん言えない。
怪我の理由なんて人それぞれ。
「つか、暇だぁ~」
読書を諦めた俺は小さく呟く。
まだ早い時間だし、昼寝してしまったから全く睡魔が襲ってこない。
眠れないのは入院中困ることの1つだよな。
最も困るのは……『暇』
1人でいる時間を楽しめる人はいいけど、それもいい加減飽きてくる。
暇なもんは、暇なんだ。
俺は不自由な体を一瞥して、マジックがあればよかった。
なんて考えてみる。
ほら、ドラマのワンシーンとかであるだろ?
骨折したあとギプスに皆が寄せ書きとかするヤツ。
あれ、ちょっと憧れ。
あ、でもヒロシの場合はろくなこと書かねぇだろうから却下だな。
そう考えて、クスクス笑う。
けれど、行き着く先は結局……『暇』
「あぁ~、もうっ!!」
なんとか眠ろうと努力してみたものの、全くダメ。
俺は上半身を起こして頭をガシガシとかいた。
同じ部屋の中からはすでにイビキが聞こえ始めている。
さすが、早寝早起きのじいさん達だな。
その寝つきの良さを少しだけ羨ましく感じながら、俺はベッドの隣にある松葉杖を手に取った。
本当は車椅子も用意してくれてるんだけど、なかなか慣れなくて使い物にならないのだ。
「よっと」
松葉杖を使って器用に立ち上がり、そっとカーテンを開ける。
薄暗い、灰色の病室が広がる。
オバケが出るにはまだまだ早い時間だけど、こうして見ると充分に雰囲気が出ている。
俺はいたずらを思いついた子供のようにニヤリと笑う。
この病院は新しい病棟と古い病棟がつぎはぎで建てられている、パッチワークのようなところ。
俺が入院している外科病棟は新しく出来たところだから小奇麗だけど、ちょっと場所をうつせば更に雰囲気が出る事間違いなし。
そんなほんの少しの好奇心で、俺は病室を出たのだった――。
☆☆☆
病室をこっそり抜け出した俺は、キョロキョロと辺りを見回してナースがいない事を確認すると廊下を歩き始めた。
まだ消灯時間が過ぎて間もないせいか、廊下には数人の患者たちがいる。
けど、見回りに見つかってすぐに病室へ追い返されることが目に見えている。
そんな患者たちを通り過ぎて、廊下の突き当たりにある非常階段に来ていた。
普通の階段とエレベーターまではナースステーションを通らなければいけないから、避けたのだ。
むき出しのらせん階段へ出ると少しだけ寒気がする。
「さぁ~て」
上へ行くか、下へ行くか。
屋上まで続くらせん階段を一旦見上げて、そして見下ろす。
俺の入院している外科病棟は5階。ちょうど真ん中に位置する。
と、その時だった。
「ん……?」
病院のすぐ隣に隣接して建てられている3階建ての一室に、光がともったのだ。
「たしかあそこって……」
ここと同じ系列の病院なのに、関係者以外は入れないと聞いた事がある。
光の中にかすかに見える人影に好奇心をくすぐられた。
「よし、決まり!」
目指すは下だ。
☆☆☆
立ち入り禁止。
と書いていたら、その向こうになにがあるのかと気になるのが人間の心理。
俺は隣の建物と同じ三階までおりてきて、足を止めた。
上から見下ろしている時には、暗くて気づかなかったけれど……。
「まじで……?」
俺が目的としている隣の塔へと続く渡り廊下が、そこに付けられていたのだ。
つまり、ここだけらせん階段が途切れ踊り場のようなスペースがある。
『立ち入り禁止』と書かれたプレートが渡り廊下へ出る半透明なガラス戸に貼り付けられているのだ。
「すっげぇ……なんだよここ」
振り向いけば、ここ、非常階段へ出れる扉があるハズなのにそこは灰色の壁しかなかった。
他の階にはちゃんと扉が付けられていたのに、ここだけない。
という事は、最初からここに渡り廊下を作る予定で新しい病棟が立てられたことになる。
俺ははやる気持ちを抑えて『立ち入り禁止』のドアノブに手をかけた。
これだけ厳重なのだから当然カギがかかっている……そう、思ったのに。
「あれ?」
すんなりと扉が開いて、目を見開く。
まじ?
開いちゃったけど、いいワケ?
開けてみたいという好奇心はあったけど、こう簡単に開いたらなんだか急に申しわけなってくる。
まぁ、でもこんなに無用心なら向こう側にもなにもないんだろうな。
なんて、思って――。
「誰?」
透き通るようなその声に、俺はゆっくりと視線を上げた。
「え……?」
「誰?」
渡り廊下の中心くらいに金網が張られていて、その向こうに、真っ白なワンピースを着た髪の長い女の子の姿があった。
俺に向けて、「誰?」とたずねている。
「あ……あ……」
サーッと血の気が引いてくる。