この扉の向こうに、なにかがいる。
その心構えをして、ノブを回した――。
「あ……れ?」
コンクリートの渡り廊下。
廊下の途中に人の侵入を防ぐようにして存在する金網。
しかし……その向こうには誰の姿も無かった。
「なんで……?」
昨日はたしかにいたよな?
向こうに立って、『誰?』って、そう言ってたんだ。
「あ」
そうか。
相手は幽霊だった。
ってことは昼間の今はいないんだな。
1人で納得して、ホッとして笑顔をこぼす。
カホウは寝て待て。
ホッとして急に眠気に襲われた俺は素直に病室へと帰ったのだった――。
カチカチカチカチ……。
時計の秒針がやけに耳につく。
チラリ。
片目だけ開けてみて隣に置いてある時計を確認。
針の先端と数字版が蛍光になっているから、夜でもよく見える。
時刻は夜中の1時過ぎ。
病室にはとっくの前からイビキのオーケストラが完成していて、患者が起きる気配は全くない。
そろそろか……?
幽霊が出ると定番な時間は夜中の2時。
草木も眠る丑三つ時だ。
まだ少し早いか?
そう思いながらも気持ちが焦って体が勝手に動く。
期待と不安。
今度こそヒロシに笑われないように携帯電話を持参していく。
このカメラでバッチリ撮って見せてやるんだ。
あいつきっと腰をぬかすぞ。
そう思い、今からニヤニヤと笑う。
そろりと病室を抜け出して、誰にも気づかれずに非常口へと向かったのだった――。
☆☆☆
「寒い……」
ラセン階段へ出た途端空気と雰囲気が変わって、俺はブルリと身震いした。
ヒヤリと冷たい風が頬をなでる。
俺はパジャマのボタンを上までしっかりかけて、再び歩き出した。
今日はまた、やけに幽霊にピッタリな雰囲気だな。
階段を下りながらそんな事を思う。
今日の昼、内科に入院中だった患者さんが1人亡くなったという噂を聞いた。
それが原因なのか、昨日よりも心臓がうるさくて嫌な汗がにじみ出てくる。
カン……カン……カン。
と、階段をゆっくりと下りていく俺の足音がやけに大きく響く。
そして、3階まで降りてきたとき……。
『関係者以外立ち入り禁止』
この文字に、ドクンッと体中の血管が広がる感覚がした。
なんか……。
本気でヤバクないか?
やばいのなら、引き返せばいい。
なのに、俺の腕はそのノブを掴んでいた。
怖いのなら、開けなければいい。
頭では理解しているのに――…。
「……っ!!」
ガチャ。
俺の手がドアを開けたと同時に、俺は強く目を閉じた――。
「誰?」
透き通るようなその声に、背筋が凍る。
見ちゃダメだ。
見ちゃダメだ!
そう思っているのに、『誰?』と言うその声に導かれるようにして、俺は目を開けた。
「……ひっ!」
そこには昨日と同じような場所に立って、こちらを見つめている1人の少女の姿があった。
暗くて、焦っていて、その顔を確認する暇なんてない。
汗の滲む手でなんとか携帯電話を取り出して、少女にカメラを向ける。
よし。
これでヒロシを見返してやれるぞ。
そう思ったとき――。
「やめて下さい!」
その少女が、俺へ向けてそう言ったのだ。
え……?
「写真は困ります……。やめて下さい」
携帯電話を降ろすと、眉を寄せて金網に手をかける少女の姿があった。
あ……れ?
渡り廊下の中ほどにある窓からの月明かりで、少女の顔がハッキリと浮かぶ。
なにか、どこかで見たことがあるような――…。
「君……リナ?」
俺は、テレビの中で優雅に可愛らしく歌っている歌姫リナを思い出していた。
最近パッタリと姿を見せなくなったリナ。
ちまたでは色んな噂が立っては消えて立っては消えて、結局リナがテレビに出なくなった真実なんて誰も知らない。
「はい」
リナにそっくりなワンピースの彼女は笑顔で頷いたのだ。
うそ……リナ!?
俺は驚きで顎が外れてしまうかと思った。
「リナって……本当に? あの、歌姫のリナ?」
聞きながら、金網へと近づいていく俺。
一歩近づくにつれて、リナの可愛い顔が確認できるようになる。
「はい」
リナはまた、頷いた。
「ほん……もの?」
金網をはさんですぐそばに、リナがいる。
リナはクスッと笑って、「本物です」と言った。
凛とした声。
小さくて、透き通るほど白い肌。5