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警報音は建物を出てもしつこく鳴り響いていて、俺は振り返らずに全速力で走った。
道路に出てがむしゃらに走り、警報音と建物が後方の豆粒になっても足を止めなかった。
誰かが追ってきているかもしれない。
掴まってしまえばそこで終わりだ。
「ナオキ……!」
リナの苦しそうな声で、俺はようやく我に返り振り向いた。
そんなに走っていないと思っていたハズなのに、気づけばアパートの近くまで来ていた。
「ごめん……大丈夫?」
立ち止まると急に呼吸が苦しくなる。
どっと汗がふきだして、足がガクガクと震える。
「へい……き」
リナは頷き、肩で呼吸を繰り返す。
俺は警戒しながら周囲を見回し、「ここにいたら危ないかもしれない」と、言った。
もしヒロシがあのまま拘束されて俺の事を話してしまっていたら、アパートに押しかけてくる可能性が高い。
「電車で移動しよう」
行き場所なんてない。
どこへ行くのかを決める時間もない。
だけど、ここからどこか遠くへリナを連れて行かなきゃいけない。
「行こう」
俺は再びリナの手をしっかりと握り締めて、歩き出した――。
☆☆☆
最寄の駅でちょうど到着した電車に乗り、客の少ない車内で身を寄せ合うようにして座る。
「平気?」
「大丈夫」
意外な事に、俺よりもリナの方がしっかりと前を見据えていて、体も震えていなかった。
フェンス越しでは見えなかったリナの強さだと、俺は思った。
「ねぇ、ナオキ君」
そっとリナが俺の肩に頭をもたげて言う。
俺は、その肩を抱いた。
「あと2時間なの」
「……2時間?」
「クスリを飲む時間よ」
その言葉に、わかっていたハズなのに動揺した。
リナを連れ出すという事は、リナが死ぬという事。
「クスリの効き目はあと2時間か……」
できるだけ冷静なフリをして言う。
2時間後、リナはこの世からいなくなる――。
俺たちが電車から降りたのは、聞きなれない地名での事だった。
「おりようよ」
黙ったままずっとよりそっていたリナが小さくそう言ったのだ。
「このまま電車に揺られてたら少しだけ後悔しそうだから」
はにかんだ笑顔でそう言った彼女。
その言葉の意味を無駄に時間を費やしたくないんだろうと解釈して、俺は次の駅で下車した。
「すごぉい、綺麗」
下車してすぐに潮の香りがして、俺たちはそれに導かれるように砂浜へ出てきた。
海の中に噴水を沈めているらしく、ライトによって七色に光る水が吹き上がっている。
「すごいな……」
その光景に、俺は素直に言った。
「適当に下りて歩いてただけなのに、こんなのが見えるなんて……」
感動したように目を輝かせ、ピッタリと俺に寄り添ってくるリナ。
今更ながら、このリナが本物の歌姫リナなんだと思って緊張してしまう。
心臓がドキドキとうるさくて、リナにキスをしてしまった自分を思い出して赤面した。
「ねぇ、ナオキ君」
「な、なに?」
「約束……」
「約束?」
忘れたフリをして聞きかえしたけど、本当はシッカリと覚えていた。
忘れるワケがない。
「抱きしめて、いいよ?」
見上げるようにしてみてくる彼女。
可愛くて、綺麗で、消えてしまいそうなのに、強くそこに存在する。
「リナ……」
俺は震える腕をリナの背中に回した。
想像以上に華奢な体。
ギュッと両手で強く抱きしめると、女性的な柔らかさと細さの矛盾に戸惑った。
「あったかいんだね、ナオキ君」
「リナも、あったかいよ」
随分汗をかいてしまったから匂いが気になったけど、リナは俺の腕の中で心地よさそうに目を閉じた。
「ねぇ、お願い」
「なに?」
「見て欲しいの」
リナがスッと俺から体を離した。
「なにを?」
「魂種」
「こん……しゅ?」
初めて聞く用語に眉を寄せる。
「私の命なの」
え――…?
次の瞬間、リナは服を脱ぎ捨て上半身裸になったのだ。
いくら暗闇でも噴水の光で充分にその姿を確認することが出来る。
俺は慌てて視線をそらした。
すると、リナは突然俺の右手を掴み、自分の体へと導いて行ったのだ。
「リナ?」
それを止めようとした瞬間――俺の、右手にリナの皮膚が当たった。
なんだ……?
それは間違いなく人の体温なのに……皮膚がいびつに盛り上がっているのだ。
「ナオキ君、ちゃんと見て」
そういわれて、次のシーンで幽霊が出るとわかっているホラー映画を見るように恐る恐るリナを見た。