屋上まで続くらせん階段を一旦見上げて、そして見下ろす。


俺の入院している外科病棟は5階。ちょうど真ん中に位置する。


と、その時だった。


「ん……?」


病院のすぐ隣に隣接して建てられている3階建ての一室に、光がともったのだ。


「たしかあそこって……」


ここと同じ系列の病院なのに、関係者以外は入れないと聞いた事がある。


光の中にかすかに見える人影に好奇心をくすぐられた。


「よし、決まり!」


目指すは下だ。
☆☆☆

立ち入り禁止。


と書いていたら、その向こうになにがあるのかと気になるのが人間の心理。


俺は隣の建物と同じ三階までおりてきて、足を止めた。


上から見下ろしている時には、暗くて気づかなかったけれど……。


「まじで……?」


俺が目的としている隣の塔へと続く渡り廊下が、そこに付けられていたのだ。


つまり、ここだけらせん階段が途切れ踊り場のようなスペースがある。


『立ち入り禁止』と書かれたプレートが渡り廊下へ出る半透明なガラス戸に貼り付けられているのだ。


「すっげぇ……なんだよここ」


振り向いけば、ここ、非常階段へ出れる扉があるハズなのにそこは灰色の壁しかなかった。


他の階にはちゃんと扉が付けられていたのに、ここだけない。


という事は、最初からここに渡り廊下を作る予定で新しい病棟が立てられたことになる。


俺ははやる気持ちを抑えて『立ち入り禁止』のドアノブに手をかけた。


これだけ厳重なのだから当然カギがかかっている……そう、思ったのに。


「あれ?」
すんなりと扉が開いて、目を見開く。


まじ?


開いちゃったけど、いいワケ?


開けてみたいという好奇心はあったけど、こう簡単に開いたらなんだか急に申しわけなってくる。


まぁ、でもこんなに無用心なら向こう側にもなにもないんだろうな。


なんて、思って――。


「誰?」


透き通るようなその声に、俺はゆっくりと視線を上げた。


「え……?」


「誰?」


渡り廊下の中心くらいに金網が張られていて、その向こうに、真っ白なワンピースを着た髪の長い女の子の姿があった。


俺に向けて、「誰?」とたずねている。


「あ……あ……」


サーッと血の気が引いてくる。
少女はこちらを見つめたままピクリとも動かない。


ダラダラと冷や汗が背中を流れ落ちて……。


「幽霊だぁぁぁぁっ!!!」


俺はそう叫んで、松葉杖をつきつつ大急ぎでらせん階段を駆け上っていったのだった――。
布団にもぐりこみ、ガタガタと震える俺の肩を誰かが叩いた。


「うわぁーっ!!」


あの女の顔を思い出して叫び声を上げて、「なんだよナオキ。どうしたんだよ」と、聞き慣れた声にハッと我に返った。


あ……れ?


布団から顔を出してみれば、いつの間にか太陽の光が病室を照らし出し、ヒロシがトレイに乗った朝ご飯を持ってきてくれたところだった。


「朝……?」


「どう考えても朝。で、早く食ってくれって看護士さんに渡されて持ってきた」


ヒロに言われて時計を見れば、もうとっくの前に朝食時間を過ぎている。


いつの間に?


起床の音楽も耳に入らなかったぞ。


「ってか、お前ひでぇ顔」


そう言って、ヒロシは俺を指差して笑い始めた。
「なんだよ」


「目の下どうしたんだよ? クマで真っ黒だぞ」


という事は、やっぱり一睡もできなかったんだ。


「ちょっとな」


ヒロシを適当にあしらって病院食をかきこむ。


でも――。


あの女――。


思い出して、背筋が冷たくなる。


確かに見た。


この目でバッチリ。


「な……なぁヒロシ」


「なんだよ」


パイプ椅子に座って昨日のエロ本を広げるヒロシ。


「お前、幽霊とか信じるか?」


「は……?」
雑誌のおまけのDVDをみつけて「ラッキー」と言おうとした口が、「は……?」と疑問系に切り替わった。


「幽霊?」


そう聞き返してくるヒロシに、俺は大きく頷いた。


脳裏には昨日の少女がちらついている。


恐怖でその顔をハッキリと見る事はできなかったけど、あれはまさしく――…。


「いるわきゃねぇだろぉ?」


ヒロシの笑い声が病室内に響き渡った。


俺を指差して大口を開けて容赦なく笑うヒロシ。


ここは個室じゃねぇんだっつぅの。


そう思いながらも、そこまで笑われたらだんだんと恥ずかしくなってくる。


「もしかしてお前、幽霊みちゃったとか言っちゃうぅ?」


時折笑い声を織り交ぜつつ、そう聞いてくるヒロシ。
「別に、『見た』なんて言ってねぇだろ」


必死で冷静さを装ってみても、その笑顔が逆にぎこちなかったみたいで、更にヒロシの笑いの坪にはまってしまった。


体をくの字にまげてヒーヒー言っているヒロシをぶん殴ってやろうかと思った時――。


「いると思うよ、幽霊」


と、突然顔を上げて真剣な表情をして言った。


「え……?」


「特に、ここって病院じゃん? 夜中になると霊安室から誰かがスーッと壁をすりぬけて出てきたり――」


「や、やっぱり、そういう事ってあると思うか?」


食いついて聞くと、ヒロシは二度、大きく頷いた。


俺はゴクリと唾を飲み込む。


「じ……実はな、俺昨日見たんだ!」


「み……見た?」


「あぁ、白いワンピース着た女がさ渡り廊下の向こうにいたんだよ」
「で、その女可愛かったか?」


「そんなのわかんねぇよ! とにかく、普通の雰囲気じゃなかった。渡り廊下の金網の向こうにさ、ボヤーッと立っててさ!!」


昨日の出来事を鮮明に思い出して鳥肌が全身を覆った時――。


ブーッ!!


と、ヒロシが吹き出した。


「マ、マジかよお前! やっぱり『見ちゃった』んじゃねぇかよ」


アハハハハッ!!


こらえきれなくなって大爆笑中のヒロシ。


俺は一瞬キョトンとしていたが、だんだんと怒りのボルテージが上がっていく。


「だいたいさ、渡り廊下に金網なんかあるワケねぇじゃん? それじゃ渡り廊下、渡れねぇじゃん!!」


アハハハハッ!!


その笑い声とほぼ同時に、俺はキレた。


「うるせぇなっ! とっとと帰れ!!」


……だからさ、ここ個室じゃねぇんだってば……。

僕が愛した歌姫

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