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それからもしばらくリナと話をして、俺は実験について出来る限りの事を聞き出した。
リナは三時間おきに花の力を弱める薬を飲んでいる事。
三時間以上経過するとクスリの効き目はなくなり、花が開花してしまう事。
病棟の中ではいつでも自由に動き回ることができるけど、外へ出る道は警備員によってふさがれている事。
そして……俺たちが出会った渡り廊下は霧夜さんの提案でつけられたものだという事。
霧夜さんは本館にいてもすぐに駆けつけられるようにと説明したらしいが、実際は誰かに特別病棟の存在を知らせるためだったのだと、俺はすぐに理解した。
「俺は……リナちゃんをそこから出してもいいの?」
そう訊ねると、リナは期待に満ちた表情で大きく頷いた。
だから俺は「わかった」と、小さく返事をしたのだ。
リナをあそこから出すという事は、リナを殺すという事。
だけど人は神にはなれない。
一度完全に死んだ人間を一週間冷凍保存した後蘇らせるなんて、神ではなく悪魔のような行為だ。
もしこの実験が成功して世に出てしまったらどうするんだ?
誰も死なない世界。
誰も死ねない恐怖。
人は新たな生を産み落とす事をやめるだろう。
同じ人間が、同じように暮らすしかない世界。
「悪夢だ……」
俺は今の自分の境遇を思うと共にそう吐き出した。
現実になりかけている悪夢を消し去るのがリナの願い……。
どうやら俺はコスプレというものに縁があるらしく、またも怪しげな雑貨屋へと出向いていた。
まさかこの年齢で二度も来る事になるなんて思ってもいなかった。
しかも、男1人で。
「あら、君また来たのぉ?」
甘ったるい声で話しかけてきたのは前回の時にレジを売ってくれたオカマ店員だった。
テレビ出演しているような綺麗なオカマではなく、ヒゲが生えていて男らしい声色を持つオカマだ。
俺はその容姿にたじろきつつも「えぇ、まぁ」と返事をする。
「今日は何を探してるのぉ?」
どう見てもメタボリックな腰をくねらせながら、必要以上に近づいてくる。
「あの……警備員風の服がほしくて……」
「あらぁ今日は警備員プレイなのぉ? あなたきっととってもよく似合うわよぉ」
プレイもくそもないのだが、ニヤニヤしながら言われて鳥肌が立ち、言い返す気力も失う。
そして、オカマ店員が持っていたのは数種類の本格的な警備服だった。
その1つを手にとってみると、肩の部分に知っている警備会社の名前がプリントされていた。
「これ、本物?」
「そうよぉ~? 警備員のコスプレ服なんて滅多に見かけないから、知り合いから譲ってもらったり定年を迎えた人から頂いてくるのよ」
なるほど、これならバレにくいかもしれない。
警備員に知り合いがいるという事は……。
試しに俺はあの病院が雇っている警備会社を知っているかと聞いてみると、オカマ店員は2つ返事で大きく頷き、そこの制服を差し出してくれた。
「定年退職したオジサマのだからちょっと古くさいけど、いい香りがするのよぉ」
そう言われて少しだけにおいをかいでみると、オヤジ臭が鼻をついて顔をしかめた。
「ね? ダンディなオジサマの香りでしょ?」
目をギョロッと見開き舌なめずりをする店員。
俺はそれを見ないフリして「これいくら?」と、聞いた。
「あらぁ~それは頂き物だからお金はいいのよぅ? それよりもその服着て今夜はアタシといい事しちゃう?」
クネクネと再び腰をくねらせてくる店員に「ありがとう!」と一言残し、俺は大慌てで店を出たのだった――。
☆☆☆
自分の部屋に入る前、いつもと大きな違いに気づいて俺は眉間に眉を寄せた。
鍵穴に突っ込んだカギを抜いて、そっとドアを開く。
ちゃんと鍵をかけて出たはずなのに、鍵穴に差し込んで回したとき何の重みも感じられなかった。
そっと部屋へ入った瞬間――。
「ナオキやっと帰ってきたのかよ」
というヒロの声が聞こえてきた。
「なんだよお前また人の部屋に上がり込んだのか」
リビングでくつろいでいるヒロシを見て、俺はホッとしたと同時に文句を言った。
こいつは人の部屋の合鍵を勝手に作って、我が物顔で居座るんだ。
「お前の帰りを待ってたんだっつぅの」
そう言って、いつもより鋭い目つきで俺を見ているヒロシ。
「なんだよ」
今こいつに付き合っている暇なんてないんだ。
俺は貰ってきた制服を小さなクローゼットに押し込んで時計を見た。
まだ夕方だ。
特別病棟に入り込むのは夜中の方がいいだろう。
そんな事を考えていると、「お前、俺になにか隠してないか?」と、ヒロが真剣な顔で言ってきた。
「隠してる事?」
「あぁ」
「って言ってもなぁ……」
正直沢山ありすぎて、なにがバレたのかわからない。
「なぁ、俺ら親友だよな? 俺は絶対お前の秘密を守る。だから、話してくれてもいいんじゃねぇの?」
「あぁ……そうだな」
俺はヒロの前にあぐらをかいて座り、記憶を蘇らせる。
「あの……あれか? 去年の夏お前にかりた漫画を間違えて売っちゃたやつ。あれは本当に悪かったと思ってる。ごめん」
潔く頭を下げる俺に、キョトンッとした表情のヒロ。
あれ? これじゃなかったのか?
「じゃぁ……えっと。お前と同じボランティアに参加してたユミちゃん。あの子がお前と連絡取らなくなったのは、実は俺が他の男を紹介したからなんだ。ユミちゃんもその男もあっという間に仲良くなっちゃってさ、お前に言う暇もなく付き合い始めちゃって――」
「違うだろ!!!」
懐かしい思い出を語る俺を阻止して、ヒロシが怒鳴り声を上げた。
その顔は真っ赤で、目には涙が滲んでいる。
「っていうか……ユミちゃんが連絡くれなかったのってそういう理由だったんだな……」
「え? お前知らなかったの?」
「知るワケないだろぉ?」
過去の失恋を思い出し、俺に向けての怒りも込めて声が震えているヒロシ。
「わ、わるかったって! 落ち着けよ」
「俺がいいたいのは、この事だ!!」
半泣き状態のままヒロシが差し出して来たのは――。
雑誌に載っていた写真を拡大したものだった。
普通に拡大しただけだと画像がボケてしまうが、ちゃんと修復までされている。
つまり……俺とリナの顔がおぼろげながらもシッカリと見えるのだ。
俺は一瞬言葉を失い、それから「これ……どうして」と言っていた。