ドローンレーサー

 俺が帰って来たことによって、メンバーの間では安心感が広がったのか、「疲れた」だの、「帰りたい」だの「辞めたい」と言う、わがままが減ったらしい。
 そのうち、もう誰一人「未来に帰りたい」という者はいなくなった。
 ドールキッズ社の社員たちも、俺の立ち位置の不思議さを訝しんでいたが、なにしろメンバー全員が、俺のことを頼りにしているのを知って、全て黙認してくれた。
 メンバーは、何より俺の手料理を、とても喜んでくれた。
 特にレイワは十七歳の食べ盛りの時期なので、「スバルさんの料理は、おいしいね、おいしいね」と言って何杯もおかわりをした。
 給湯室の簡易キッチンで作る俺の手料理がみんなの元気の素だった。
 社長の春本は俺に、雑用係兼、食事係として、小遣い程度のお金もくれると約束してくれた。
 さすがに、レッスンスタジオでの共同生活は禁止され、俺だけ別室、八階に新設された応接室のソファで寝ることになった。そんなわけで、少し残念だったが、ポーラのマッサージをする必要もなくなる。
 俺はなんとなく、ふわっとしたリア充の幸福感に包まれた。みんなが俺のことを必要としてくれている。このままこんな生活が、いつまでも続いてくれればいいなあと思った。
 ピーチバレーズはその週末にあった、杉並サンプラザの公演も大成功させ、いよいよメジャーデビューの日が近づいていた。
 そんな日の夜遅く、八階の応接室で、シャワーを浴びて戻り、ぼんやりしていたところにポーラがやってきた。ポーラは七階に新設された合宿所でメンバーと一緒に寝ている。
 深夜はエレベーターが止まるので、こっそり階段を上って来たのだろう。
「あたしと結婚してくれないかな? あ、そういう意味じゃなくて、籍を入れてくれるだけでいいんだけど。あ、まあ、そういう意味でもいいんだけど、あんたが嫌じゃなきゃ。でもこんな八歳も年上のおばさんじゃ、嫌?」
 俺は面食らった。
 その後のポーラの話では、ピーチバレーズのメンバーは、マスコミやファンの人たちが、どんなに検索しても過去がなく、普通なら友だちの証言やら、元カレの話なんて出そうなものだが、それが何もなかった。