ドローンレーサー

 マイクロドローンが消えた。
 座ったままループの中をのぞくと、俺のマイクロドローンが暗闇の中をホバリングしている。
 俺はコントローラーを操作して、水のない、もう少し奥の地面に、静かに着陸させた。
 ジェロニモが俺の体をループの中に押し込む。俺は両手を使って、這うように向こうの世界へと戻った。
 振り返ると、ジェロニモがループの中からこちらを覗いている。
「朝までには薬の効き目が切れる。御殿場の街までは歩いて二時間。あっちの方角」
 ジェロニモがループの中から手を突っ込んで指さす。
「ああ、子どもの頃、遠足で、この辺には来たことがあるからよく知っている。ありがとう、ジェロニモ」
「カヌーとボート、足を別々に入れると川に落ちる。これも先祖から伝わる話。体はひとつ、心がふたつ、良くない」
「ああ、わかっているよ、ジェロニモ。お別れだ。爺さんは怒るかな?」
「心配するな。爺さんには俺が言う。先祖が旅に出るとき、空を飛ぶ鷹を見てこう言った。すべて風まかせ。運次第ということだ。さよなら、兄弟」
 ジェロニモは座り込んだ俺の、顔の前まで腕を伸ばし、拳骨を突き出した。
 俺がグータッチを返すと、ジェロニモは背を向け、夜の湖を泳いでいく。
 俺を引っ張る必要がないので、早く、力強く、波しぶきをたてて泳ぐ。
 黒い湖面に三角形の波紋が広がり、金色の満月の光がキラキラと輝いていた。

 現在  御殿場 東京 原宿    
 
 少し眠ったのだろうか? 次に俺が気づいた時は、すでに朝だった。
 筋弛緩剤のせいで、体はだるいが、なんとか立ち上がって歩ける。
 背中を朝日が照らし、体を温めてくれ、濡れた服もみるみるうちに乾いてゆく。ゆっくりと芦ノ湖の遊歩道を歩くが、自動販売機を見るとコインが使える。どうやら間違いなく過去の世界に戻れたようだ。
 未来の世界では現金は無くなっていた。全て、電子マネー。
 未来の世界でどんなに大金持ちになったとしても、電子マネーを過去の世界に持ち帰っても意味はない。そんなもの、ただのデジタルデータだ。入手経路がわからなければ、詐欺罪で逮捕される可能性もあるだろう。
「亀爺さんには悪いことをしたけど、優勝賞金が転がり込む。過去の世界に戻る俺には使いようのない金だ。それで、爺さんも多少は楽になるだろう。それで許してくれ……」