ドローンレーサー

 ジェロニモは俺を軽々と背負い、落ちないようにロープでぐるぐる巻きにすると、荷物を持って夜の病院を抜けだした。御殿場の田舎町、夜の十時は人影もまばらだ。
 病院の裏手に、ホンダマのスーパーEカブが置いてあった。子どもの頃、俺と乙女がよく遊んだ場所だった。辺りを、満月が明るく照らしている。
 Eカブは、電動モーターなので、とても静かだ。大人の二人乗りでも楽々と走る。
「亀爺さんは怒るだろうか?」
「心配ない」
「樹海に行くのか?」
「樹海より、いいパワープレイス知ってる。そっちの方が近い」
 三十分も走ると、芦ノ湖のほとりでEカブの赤ランプが点滅し始めた。バッテリー残量警告だ。
 ジェロニモはEカブを林の中に隠すと、俺を背負ったまま、芦ノ湖の方に向かって歩き出した。
 木々の間から満月の光が差し込んでいる。湖に向かう遊歩道は誰もいない。
 湖のほとりに着くとジェロニモはロープをほどき、俺を地面に下ろした。湖は風もなく鏡のように満月を映している。湖のほとりはペットボトルのゴミが散乱していた。
 環境問題の高まりから発明されて、普及した生分解性プラスチックで出来た未来のペットボトルだが、皮肉なことに、自然に還るというのがあだになって、そこいらじゅうに、人が平気で捨てるようになったのだった。
 ジェロニモはそのペットボトルを拾い始めた。何をするのだろうか? と思ったら、それに栓をして、ロープでくくりつけ、俺の体にライフジャケットみたいに巻きつけた。
 ジョロニモは上着を脱ぎ捨てると、上半身、入れ墨だらけだった。まるで月夜に浮かぶトーテムポール。
 頭の上に、俺のマイクロドローンが入った小さなバックを乗せて顎に結ぶと、お姫様抱っこで俺のことを軽々と抱え上げ、そっと湖に浮かべた。
 体に巻きつけられたペットボトルの浮力で、俺の体はラッコのようにぽっかりと月夜の湖に浮かぶ。標高が高い場所に位置する芦ノ湖は、夏でも水が冷たいはずだが、地球温暖化のせいか、水が生ぬるくて気持ちがいい。
 上半身裸のジョロニモが、俺の襟首をつかんで浅瀬を引っ張る。間もなく水面が、ジョロニモの首まで達すると、俺を引っ張りながら、ゆっくりゆっくり泳ぎだした。
 上を向いたまま引っ張られる俺は、夜空しか見えない。
 ハーベストムーンとはよく言ったものだな、秋の麦や、卵のように黄色い。
「何処へ行くんだ?」