ドローンレーサー

「そうじゃ、星野先生じゃ。跡取り息子がおったが、ある日行方不明になってしもうて、数ヶ月後に青木ヶ原の樹海に車が乗り捨ててあるのが見つかったんじゃ。ほら、お前を拾った、あの場所じゃ。それからというもの、先生は気が触れたように樹海を探し歩いた。雨の日も風の日も、病院で診療が終わると、毎日毎日、息子を探し続けた。ある日、先生は帰り道で、車ごと崖から転落して死んでしもうた。疲れが溜まっとったんじゃろうのう」
「えっ? し、しし、死んだ?」
「そうじゃ、即死じゃった。病院中の人たちが悲しみに暮れた。『苦しいことばっかりの人生だったけど、先生のおかげで最後の最後に、楽しい人生だったと思えるようになった』とお年寄りの人たちみな、うれし涙を流して亡くなっていったそうじゃ。それほどええ先生じゃった。仕事熱心で、いつも泊まり込みが多かったから、看護婦さんとの変な噂話も、ようけあったが、そんなことをするような人じゃないのは、わしがよう知っちょる」
「い、い、妹も、あ、いや、その先生には、娘がいませんでしたか?」
「ああ、おったよ、息子が行方不明になった後、受験勉強も忙しいのに、病院の手伝いをしとった。わしの女房を先生と一緒に看取ってくれたのも、その娘さんじゃ。可哀想に、先生が転落死してから病院は人手に渡った。娘さんも医大の受験を諦めて、大阪の方に嫁に行った。一度、わし宛に手紙が届いたが、女の子が生まれたちゅう内容じゃった。写真が同封されとったが、ホクロの多い女の子で、右目の下にカシオペアの形をした五個のホクロと、首の付け根に北極星みたいなホクロがあったから、ポーラと名付けたそうじゃ。面白いことに左胸に、北斗七星と同じ、七つのホクロまであったらしいの。娘さんが先生の残した借金を引き継いで、ずいぶん無理をしたんかのう、その無理がたたって過労死したそうじゃ。三十年も前のことじゃから、お前さんが生まれるずいぶん間の話じゃ。それが、どうかしたか? とにかくお前さんは優勝したんじゃ! 泣いとるのか? そうか、嬉しいのか、次は世界大会じゃからの。わしは今夜から新しい機体をつくるから、お前さんはもう少し休め、ヒッヒッヒ」
 爺さんは嬉しそうに出て行った。