ドローンレーサー

「ねえねえ、勘違いしてるよ。ワープはただの場所の移動でしょ。私たちがしちゃったのはタイムワープよ。似てるけど、全然違うわ」
「私たちも、たまたま今の東京に来たけど、もしかしたら江戸時代だったかもしれないじゃない」
「そうねそうね、もしかして今の東京じゃなくて、原始時代だったら、私たち、マンモスに食われて死んでるわ」
「マンモスは草食動物だって学校で習ったわ。食べられないから平気よ。それよりやばいのは肉食の恐竜よ!」
「虎とか、狼もいるんじゃない?」
「原始人の中にホームレスがいたら、そいつは要注意よ!」
「難波とか西成のあたりとか、原始時代もやばかったのかな……」
 誰が何を言っているのかわからないほど議論は白熱したが、
「問題は、私たちがどう食べていくかってこと、わかる? どうやって獲物を捕まえるの?」 
 と誰かが言った。
 その言葉の後だけ、「う~ん、どうしよう?」と、みんなが一斉に腕を組む。
 その間、一言も言葉を発しなかった韓が怒鳴った。
「そんなことより私のセリフをはよーなんとかしてよはせよっ! うわっ~!」
 韓は顔を覆い、しゃがみこんで泣き出した。
 広部は、頭痛がするのか、こめかみを拳骨でごりごりし始める。
「カンちゃん、だいじょうぶだよ、だいじょうぶ……」
 ミニスカートのチマチョゴリを着た韓の背中を、ピンク色の宇宙服を着たベティが優しく撫でていた。
 
 三度目の公演はそれから二週間後だった。
 対バンではなく、ピーチバレーズ、ピンの五回公演。お客は春本や広部や、ドールキッズ社の社員総動員し、SNSで呼びかけた結果、百名近く集まった。
 今度こそ失敗は許されない。徹底的に歌も踊りも、芝居も練習した。
 オープニング曲は「スターレット」。
 何曲かカバーソングを挟んで、「エールを君に」。
 そして問題の寸劇。
 結局、広部の方が折れ、韓にはひとことセリフが与えられた。
 寸劇のクライマックス。
 金庫の中が煙で充満し、静寂が訪れる。
 煙が消えると、全員が死んでいる。
 金庫の奥、もうひとつの扉が「ギーッ」と音をたてて開き、ミニ丈のチマチョゴリを着た、韓国のお姫様、カンちゃんが立っている。
 韓がニッコリ笑ってひとことセリフを言う。
「カンサハムミダ」
 拍手はまばらで、受けは、微妙。ほとんどの客は地蔵だった。