静脈生体認証なのか、狩田が手のひらを長めにタッチパネルに押し付けると、ガルウィングのドアがゆっくりと閉まり始めた。
 閉まると同時に六枚のプロペラが回り始める。
 廉価版はコストを下げるため、クワッドコプターと呼ばれる四発だ。六発はヘキサコプターと呼ばれるスポーツタイプに多い。オクトコプターと呼ばれる八発は、大人数が乗れるが、のろい。そう、これは六発の中でも、超高速なスーパースポーツドローンなのだ。
 フルカーボンのモノコックボディ。内装や計器類は、いたってシンプル。
 コックピットの前に埋め込まれたタッチパネルだけだ。音声認識で命令を下す。
「目的地、渋谷区神宮前ドールキッズ原宿ビル。屋上ドローンポート。フルスピード!」
「リョウカイシマシタ、トチュウ、バッテリーチャージデ、ニカイ、ジュウデンスタンドニタチヨリマス」
「キーン」というモーターの高周波音が轟くと、ドローンは重そうに浮き上がる。    
 キャノピーから下を覗くと、たこ焼き屋台を中心にして群がっていた、出来損ないの時代劇のエキストラみたいな客たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく。
 風にあおられた屋台が動き出し、屋台を買い取った小柄な忍者が、慌てて追いかけた。
 ドローンは前傾姿勢をとったかと思うと、猛スピードで海上へと飛び去り、急上昇する。
「みんな、おなかすいてる? 一つ目の充電ステーションに着いたら、何か食べようね」
 無事に離陸を終えた狩田は、振り返りながら言った。
 レイワ、ヘドロ、韓は、ドローンに乗るのは初めてだった。
 前傾姿勢で飛ぶので、景色全体が斜めに見える。今は大阪湾上空。ものすごい数のドローンや、関空を離着陸するジェット機が見える。オレンジ色の夕日が、左手後方、大阪の街に沈んでゆく。進行方向、東京方面の薄明るい空には満月がぽっかりと浮かんでいる。
 ヘドロの膝の上に座っていた韓が、突然、何か思い出したように前に身を乗り出して叫んだ。
「ペガサス、大阪に戻って!」
 あくびをする狩田の横から、韓は手を伸ばしてタッチパネルを適当にいじる。
 しかし無反応。このドローンはあらかじめ登録しておいた操縦者以外の声を認識しない。
 大あくびをしかけた狩田が、あくびをかみ殺しながら、
「カンちゃん、帰りたいの? 東京が怖いのかな?」と優しく聞いた。