二台のドローンが機体検査を通過できなかったのか、出場は合計二十二機。スタート直前は、蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。ベストポジションを取ろうとするドローンは、一輪の花を巡って蜜を奪い合う蜂の大群。ライバルのドローンを風圧で煽り、頻繁に上下が入れ替わり、熾烈なポジション争いを繰り返す。モーターの高周波音が入り乱れる。
「こ、ここ、これが本物のレースか……」
 俺は圧倒的な本物の迫力に気圧され、ポジション争いを遠巻きに見ていた。
「なにをやっとるんじゃぁ! ごらぁ!」と、爺さんの怒鳴り声が聞こえて来そうな気がするが、本番のレースではパドックとの無線交信は固く禁止されている。全て、ドローンレーサーの自己判断に委ねられる。
 目の前のスターティングカーテンが赤から黄色点滅に変わった。黄色点滅は一秒刻みで、スタートのカウントダウンをしてゆく。十回点滅し終わったその時がスタートだ。
 7、6、5、4、各ドローンのアイドリングが唸りを上げ始める。
 3、2、1、
 スターティングカーテンが黄色から青に変わり一瞬で消えた。
 目の前に広大なレース場の全貌と、遠くに海が見えた。
「しまったぁ!」
 フル加速をした二十一機のドローンがあっという間に飛び出す。
 かなり上空でスタンバイしていた俺は、一瞬出遅れた。
 最後尾スタート。
 地上二十メートルの高さにそびえるポールの先に設置された直径十メートルのループ。 
 そこが第一ループ。事故発生率が一番高い最初の難関。
 カーレースでは、前を走る車の直後がスリップストリームと呼ばれる、空気抵抗が少なく、なおかつ、前を走る車が引き込む風に引っ張られる有利なポジション。
 しかし、ドローンでは、真後ろにつけると乱気流に巻き込まれる。鳥やジェット戦闘機が翼端過流を利用しようと「V」字型に編隊飛行を組むように、後方の少しサイドによった辺りが有利な場所だ。爺さんから、「これはシュミレーターでも、練習でも、再現出来ないからの」と教えられていた。
 一瞬焦った俺は爺さんの言葉を思い出し、最後尾の少し前を飛ぶ、「TOYOTAYOTA DAZOO RACING」の、ペンタゴンタイプの左後方につけた。ペンタゴンに見えるが、デュアルペラの「デカゴン」なのだ。重いからスタートに出遅れたのだろう。