「もういいっ! やめてくれっ! おおお、お、お前は天才じゃっ!」
 爺さんは亀のように首をすっこんで、口の端から泡を吹いた。

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「そんなに落ち込まなくても、いまどきの地下アイドルのデビューなんてこんなもんだよ」
 広部は輪の外に立って、語りかけていた。
 ピーチバレーズのデビューは惨憺たるものだった。あの日来た、六人のお客たちも、SNSに、何一つ投稿していなかった。ピチバレのメンバーはポーラを中心に車座になって膝を抱えていた。
 向こうでは、マスクガールズたちが勝ち誇ったようにダンスの練習をしている。マスクから見える目が、明らかに見下(くだ)している。
「あんたら、悔しくないのっ!」
 とポーラが声を荒げるが、広部の宣伝不足も明らかだった。
「広部さん、あんたも、もうちょっと気合入れて根回ししてよっ!」
 と、ポーラが広部をなじる。
「でもさあ、たったひとりのお客さんを喜ばせられないんじゃあ、それが十人でも百人でも同じだよ」
 広部が話している間、メンバーはみんな下を向いている。
 広部はコツコツと、革靴のかかとの音を立て、歩きながら話しを続ける。
「君たちは間違いなく美少女だ。でもそれだけじゃあだめだ。お客さんは君たちに夢を託す。お客さんは、毎日、受験勉強や親のプレッシャー、仕事で疲れて孤独で不安なんだ。それを一時でも癒されたい。そんなお客さんも、君たちが毎日、ダンスや歌や、色々頑張っているのを知っている。それを応援してあげたいと思って来るんだ。君たちは人形なんかじゃない。悩みや不安を抱える人間なんだ。それを忘れちゃいけないから社長は、会社の名前をドールキッズにしたんだ。ドールのままじゃあだめなんだ!」
 アイドル予備軍への、広部のいつもの決め説教だった。
 メンバーはまったく落ち込んでいない。親から捨てられるという究極のネグレストをされ、底辺層で辛酸を舐めた彼女たちには、こんなこと、へでもなかった。大人が説教しだすと下を向いて、ただ時が過ぎるのを待てばいいと知っている。王は、三時のおやつのことを考えていた。
 しかし、メンバーよりも、教官の立場の、ポーラが真剣に悩み込んだ。
 もしかしたら自分のせいではないかと思ったのだ。
 ポーラは珍しくがっくりとうなだれ、何故かスバルの顔が思い浮かぶ。
「今ごろ、どこでなにやってんだろう?」