その夜、俺はいつものようにタンクトップで寝転ぶポーラの全身マッサージを終えると、明治神宮へ向かった。手にはもちろん、ランディングパットとロープ。
 それに充電が完了したマイクロドローン。
 あの日の夜のように、ロープの先に石を括り付ける。グルグルと勢いをつけ、大鳥居の横柱に引っ掛け、ループをぶら下げた。
 マイクロドローンを手のひらから離陸させるとループをくぐらせ、向こうの世界に着地させる。しかし、ループの中は何も変わらない。
 焦げ茶色をした檜の大鳥居がそびえている。何度やってもダメだ。
「やばい! なぜだろう?」
 時刻は午前0時ごろ。この前と同じ時間だ。俺はありったけのバッテリーで何度も何度もマイクロドローンの速度を変えたり、ループに侵入させる角度を変えたりしたがダメだった。
 幸いなことに、メンバー全員、未来世界に戻りたいと泣き言をいう者は、誰一人いなかった。だが、いつかはその日がくるだろう。その時になって、戻れないとわかった時のことを考えると、俺は背筋が寒くなった。みんな、俺のことを信頼しきっている。それが全部ブチ壊しだ。俺のことを罵るだろう。いや、それだけではない、俺が彼女たちを引き止めるためにわざとやっているのだと言い出すかもしれない。
 困ったことになった。
 ピーチバレーズはデビューの日が近づき、レッスンは激しさの度合いを増していった。
 ポーラの鬼のような厳しさと時折見せる優しさで、メンバーはなんとかついていっている。
 夜八時ごろになると、全員くたくたになり、シャワーを浴びて、俺が作った夕食を貪るように食べると、すぐ、ヨガマットの上で死んだように眠った。
 ポーラも、マッサージをし始め、五分もすると爆睡する。
 俺はその頃合いを見計らって、地下のガレージからRAV4を乗り出し、都内の色々な神社やパワースポットに行く。
 代々木八幡宮、新宿御苑、浅草寺。明治神宮では鳥居だけでなく、清正の井戸でもやってみた。 
 毎日、毎晩、色んなところでループをぶら下げ、ドローンをくぐらせる。
 カーブ、シュート、ストレート、スピードも色々変化させ、ありったけのバッテリーを何度も交換してやってみるが、だめだった。
 やっぱり、あの樹海に行かなくてはダメなのかもしれない。俺はそんなことを思うようになる。あの樹海が最後の頼みの綱だ。