「戻っても、貧乏生活が待ってるだけ。それなら過去からやり直せるからいいじゃない」
 切り替えが早いのか、あれだけ怖がって僕に抱きついていたお姉さんが開き直った。
「そ、そそ、そうだね、ポポ、ポーラちゃんの言う通りかもね。あのバーニーズ事務所の金髪男に騙される前に戻れるかもしれない。もう一度やり直してみる?」
「カルちゃん、それは、もういいから。余計な御世話よ」
 狩田という名前のおっさんは、戻ると逮捕されるらしい。両親も、とっくに老衰で亡くなり、今は独身。ジュライという娘に失恋中で少しなげやりな気分ということだ。
 綺麗なお姉さんが、このおっさんと話すのを聞くと、ポーラという名前らしい。
 レイワ、ヘドロ、韓という名前の美少女たちは、おろおろしながら、うなずくばかりであまり実感がなさそうだった。バックミラーに映る彼女たちは不安そうな顔つき。ポーラは落ち着きを取り戻したのか、ジャージのジッパーを上げていたので、もうオッパイは見えない。首元にはハート形をしたロケットペンダントが光っている。
 黙って聞いていた僕だが、だんだんわけがわからなくなってきた。
 これがテレビ番組だとしても最近は色々厳しい。いきなり素人をだまして番組に出演させるなんてことをしたら、問題になるだろうから、事前に打ち合わせがあるはずだ。
 しかし、彼女たちの真剣な態度や話しぶりは、芝居でやっているとは思えない。
 カメラで撮っている様子もないし、そもそも、ただの浪人生の僕をだます意味はない。
 とすると、彼女たちの話を、信じるしかなかった。
 けれども問題は、行き先だった。
 警察に行っても、まともに相手にしてくれないだろうし、「悪ふざけをするな」と、怒られるに決まってる。僕の実家になんて連れて行ったら、親父も妹も卒倒するだろう。
 僕がおろおろしながらも運転を続け、川崎インターあたりまで来ると、
「悪いけど、渋谷区にある、ドールキッズ原宿ビルに行ってみてくれるかな?」
 と、狩田が言った。
 しかし、運転しながら僕のスマホでグルってみても、ドールキッズ原宿ビルなんて無い。
 助手席の狩田が、僕のスマホを取り上げ、グールルマップに住所を打ち込む。
 渋谷区神宮前……渋谷駅と原宿駅の中間辺りにある、雑居ビルの名前が出た。
 RAV4は用賀インターを通過し、首都高速に入った。