樹海の奥地まで行くと、白骨屍体やミイラが転がっている。首を吊ったばかりの太った中年男の屍体が枝から重そうにぶら下がっていた。ずり落ちそうなメガネをかけたまま、ヨダレをたらし、舌が飛び出している。その傍らには服毒自殺したのだろうか、抱き合ったままの、男女の屍体もある。全裸で横たわり、ウジが湧き、無数のハエがたかっている。
 腰にぶら下げていたLEDランタンの燈で見るとホラー映画のようだ。斜めに射し込む満月の月明かりも、樹海を通してまだらになり、薄気味悪さを助長している。
「よし、ここら辺でいいかな……」
 強烈な腐乱臭もミイラも、首吊り屍体も気にならない。そんなの病院で慣れっこだ。
 昴も時々、老人の介護を親父に強制された。老人のオムツ交換の時に嗅ぐ、ウンコの臭いに比べたら全然マシだった。子どもの頃から、病院の中が遊び場だった昴は、病室内で首を吊っていた介護疲れの家族も見たことがある。
「何故か、ここは落ち着く。皮肉なもんだな……」
 昴はランディングパッドを広げた。
 それは中型以上のドローンを飛ばす時に地面に置く、ヘリパッドだ。広げると四十センチほどの大きさで、メビウスの帯のようにひねって畳むと小さな輪になる。
 本物のヘリポートと同じく、オレンジ色で「H」と大きく字が書いてある。
 昴はそれを精密工具のマイナスドライバーで切り裂き、大きく穴を開けた。
 それを太めの木にロープで吊り下げ、幹が折れないか、体重をかけてみる。
「これがラジコンドローンレーサーになりたかった僕の遺書代わりだ。このランディングパッドで首を括れば本望だ。あの頑固親父も、きっと思い知るだろう」
 僕は、最後のひと飛ばしに、手のひらサイズのマイクロドローンを取り出し、FPVゴーグルを装着した。これは水中眼鏡のようなものの中に、受信機とモニターが埋め込まれていて、ドローンに付いたカメラの映像が見えるようになっている。
 これを装着すると、まるで自分がドローンに乗っているかのように操縦出来るが、側から見ると、ドローンの動きに合わせて体をくねらせ、口が半開きになってしまうので、女性からはキモ悪がられた。
 けれど、ラジコンドローンレースは、今では世界大会まで開かれている。
 去年はドバイで行われ、韓国人の少年が優勝賞金一億円を手にした。