ドローンレーサー

 俺はマイクロドローンのバッグにある、マイナスの精密ドライバーで番号の部分を削り取る。他人が見たら、ナイフで人殺しでもしているようだろう。
「こんなことなら、青木ヶ原の樹海に行った方が、気分が盛り上がったかな?」
 やりながら俺はまた、笑いがこみ上げてきた。
 芦ノ湖の中に建てられた鳥居は、ブラッド・ムーンの明かりに照らされ、まさに血の色をしていた。天国の入り口を意味する鳥居というよりは、地獄の羅生門のようだ。
 恐怖感はかけらもない。俺の血は煮えたぎって、沸点に達しそうなまま、膝まで水につかり、鳥居にロープを引っ掛け、ループを括り付けた。
 岸辺から鳥居が浮かぶ湖に向かって、マイクロドローンを飛ばし、ループをくぐらせる。
 そのまま、マイクロドローンを水鳥のように湖面に着水させた。
 水に触れた瞬間、ショートしたのか、「パチパチッ!」と、小さな火花をあげると、マイクロドローンは、真っ黒い水の中へと沈んでいった。
 波紋が湖面を赤く染める。
 俺は素早くループをくぐり抜けると、鳥居からロープを外し、ループとロープを束ね、マイクロドローンが沈んでいった辺りに、投げ込んだ。
 これでもう、こっちの世界には二度と戻れない。 
 湖面に映った満月が水しぶきをあげ、鉄バネで出来たループがゆっくりと沈んでいく。
 しばらく浮いていたロープは、沈むループに引っ張られ、うみへびが湖底に潜っていくように、のたうちながら沈んでいく。血の色をした満月がゆらゆらと揺れていた。

 未来  神奈川 御殿場   

 俺は御殿場市内に向かって歩き出す。ママチャリはない。
 遊歩道に設置してある自動販売機を見るが、現金は使えない電子マネー専用だった。
「よし、うまくいった、未来だ」
 月光に照らされた遊歩道を歩いて抜けると、二時間ほどで御殿場市内に入る。
 過疎化が進んだ御殿場市内は、過去とさほど変わらないように感じるが、地中化されたのだろうか、電柱も電線もない。道路を走っているタクシーは全て無人だ。
 時々、ドローンタクシーが低空を飛んで行く。
 腹が減ってきたので、コンビニにでも寄りたかったが、俺が持っている現金は使えない。コンビニは、ほぼ無人化され、入店するのにAIによる顔認証をパスしなければ店に入れない。