ドローンレーサー

「先祖が旅に出るとき、空を飛ぶ鷹を見てこう言った。すべて風まかせ。運次第」。
「俺は悪魔の手先になったのか? それならそれで面白そうじゃないか。受験勉強なんてどうでもいい! やりたいことをやってやる! 血が煮えたぎってきた! 一度きりの人生だ! チクショウ! すべて運次第だ!」
 血の色をした満月をコウモリの群れが横切った。
 手すりを握った手に力が入る。
「現実逃避と言うのなら言えばいい。そうだ、その通りかもしれない。こんな辛気臭い世界とはおさらばだ!」
 俺の中で、何かが「プツンッ!」と、音を立ててはじけた。

 俺は非常階段を駆け下り、家に戻ると、まず自分の部屋に飛び込み、父親宛に短い手紙を書き残した。手紙を書きながら、ニヤニヤ笑いがこみ上げてくる。
 何か計算ずくで書いている気がするのだ。
 親父を手玉に取ろうとしている悪魔のような、ずるい自分を感じる。
 書き終えると、妹の部屋に行く。
 エアコンの無い部屋は、網戸の窓も部屋のドアも開けっ放しだった。
「おい、乙女。これで残りのローンを支払っといてくれ。余った金はお前にやるよ」
 そう言って、分厚い茶封筒を投げ渡した。
 すぐに立ち去ろうと思ったが、思い出したことがあって、振り返った。
「もし三十年後に、ドローンレーサーで世界チャンピオンになる、星野昴という俺と同じ名前の少年がいたら、それは俺だと思ってくれ。じゃあな」
「なに、わけのわかんないこと言ってんの? バッカじゃないの?」
 俺はその返答に笑いがこみ上げてきた。
「確かにそうだな、あっはっはっはっはっはっはっ!」
 笑いが止まらなくなってきて、笑いながら腹を抱えて家を後にした。
 錆び付いたママチャリのハンドルが、ハーレーダビットソンの、チョッパーハンドルに思えてくるから不思議だ。
 天下無敵のロックンローラーにでもなった気がする。
 ジェロニモが俺を背負って来た時は、南北に伸びる芦ノ湖の西側につけた。だから、反対岸まで泳がなければならなかった。しかし、俺は東側の岸辺に伸びる遊歩道を走り、小一時間ほどで、箱根神社に着いた。時刻は夜十時。満月は東の空高く上がっている。
 ママチャリを止めると、月光のまだら模様が射す林の中で、ママチャリに貼ってあった防犯シールを剥ぎ取ろうとした。しかし、強力な接着力のせいで、簡単には剥がせない。