ドローンレーサー

 俺は頭を掻きむしりながら家を飛び出すと、同じ敷地内にある病院の非常階段を駆け上がった。親父がいる院長室は、いつものように煌々と明かりがついている。
 薄汚れた病院の屋上は、俺が子供の頃、遊び場としていた場所だ。小学校から帰ると、病院で使ったタオルなど、洗濯物を取り込むのが俺の仕事だった。
「スバル君はえらいね」と言って、医療機器メーカー、テルマの営業マンのお兄さんが、よく俺の頭を撫でてくれた。そのお兄さんとラジコンカーで遊んだ思い出の場所だ。
 優しくていいお兄さんだった。
「スバル君も大人になったらお父さんみたいな立派なお医者さんになるのかい?」
 と訊かれた。俺を褒めてくれるのは、そのお兄さんだけだった。
「あれから約一ヶ月か、ジェロニモはどうしているだろう? 亀爺さんはがっかりしてるかな?」
 屋上の手すりにもたれると、東の夜空に、赤い色をした満月が出ている。
「ジェロニモが、七月の満月はサンダームーン、八月はレッドムーンだと言っていた。今日の満月は、やけに赤い。インディアンの言葉で、なんて呼ぶのだろう?」
 スマホで検索してみる。「インディアン 言葉 満月 十月」とキーワードを入力する。
「ブラッド・ムーン! 血の月だ!」
 しばらく血の色をした満月を見ていた俺は、全身の毛が逆立っていくのを感じる。
 まるで血管を流れる血が逆流して、狼男にでもなるような気分だ。
「ジェロニモが、一旦別の世界に行って、戻ったら悪魔の手先になる。そして、もう一度行くと、本物の悪魔になって、もう戻れなくなると言っていた。とすると、俺はもう、悪魔の手先じゃないか。それはどういう意味だ?」
 考えていると、なんだか、どんどん闘志がみなぎってくる。
 こんな感覚、今まで感じたことはなかった。
 ジェロニモの言葉を思い出した。
「カヌーとボート、足を別々に入れると川に落ちる。体はひとつ、心がふたつ、良くない」
 そうだ、俺はいつも迷ってばかりだった。自分の言いたいことを言わず、やりたいことを、やりたいと言わず、好きな女の子がいてもコクると嫌われるんじゃないか? 進学に関しても、自分のやりたいことより、先生や、親の意見を聞いて迷ってばかり。
 いつも何かを恐れ、怯えながら暮らしていた。
 もうひとつ、ジェロニモの言葉を思い出した。