ドローンレーサー

 そう言いながら黙って立っていた俺の手に、無理やり茶封筒を握らせた。手切れ金という意味なのか口止め料なのか、かなりの厚みがある。
 広部が口を挟む。
「連絡する心配はないですよ、社長。彼女たちの携帯電話の番号は、なんせ十五桁。8Gですから。こっちの電話とでは通話ができませんよ」
「そうか、そうだったな。未来の携帯電話だもんな。私も最初は冗談だろうと思っていたけど、信じざるをえない感じだ。さあ、もう行きなさい。行って、立派なお医者さんになりなさい。さようなら……」
 俺は広部に促され、そのまま地下ガレージまで連れて行かれた。俺がRV4をガレージから出すと、広部が警備員に、俺の車のナンバープレートを指差して、なにか話しているのがバックミラーで見えた。
 警備員は急いでメモを取っている。
 出禁ということだった。

 現在  神奈川 御殿場   

(問一)67度Cにおける水とエタノールの蒸気圧は、それぞれ27kPa、65kPa  
    である。乾燥した空気を酸素20%と窒素80%とすると、67度C標準大気圧 
    で水蒸気を飽和させた空気の密度は『   』g/Lである。同じ条件でエタノ 
    ール蒸気を飽和させた密度は『   』g/Lとなる。『   』内を埋めよ。

 勉強机に散らかっていたマイクロドローンを組み立てる工具類や部品を片付け、入試問題集の赤本を見ていた俺は、頭が割れそうだった。問題の意味すら、さっぱりわからない。
 今は十月だから、入学試験まであと四ヶ月しかない。
 一旦は、やろうと思ったが、やっぱり俺には無理だ。無理無理無理ムリムリムリ。
 医大の入試は、昭和の終わり頃、女子より男子を優遇する不正入試が発覚して以来、丁寧にきちんとコツコツ勉強する女子の方が、圧倒的に合格者を出すようになった。
 高校時代に思春期を迎え、遊び呆ける男子には現役合格は至難の技といえ、浪人するにしたがって、ますます不利になってゆく。
一歳でも若い学生の方が有利になるよう、採点にゲタをはかせるからだ。
 医者の子弟は、寄付金を積んで入試を有利にしてもらう、いわゆる裏口入学も、監視の目が厳しくなって、なりを潜めた。といっても、俺の親父がそんな金を出すはずはない。
 俺は母親に似て文系脳なんだ。数字や記号の羅列を見ただけで寒気がする。
 俺に医大進学は無理なんだっ!