『ドローンレーサー 1』
ドローン「DRONE」とは、本来、蜜を集めてこない雄のミツバチ、働いているふりをしている怠け者の意である。
無人航空機「Unmanned Aerial Vehicle」が、「ビー」」という、ミツバチが跳ぶ時と同じ音を発生するので、「ドローン」が、UAVの通称となった。
未来では、有人無人に限らず、電動のエアカーなど、垂直離着陸できる小型有人航空機のことは全て、ドローンと呼ばれるようになった。
未来 大阪 夢洲(ゆめしま)
二〇五〇年、カジノ法が施行され、海外の富裕層を集めるIRリゾートが、大阪万博が開催された後の埋め立て地、夢洲(ゆめしま)に建設された。その余った周辺地域や、隣接する舞洲(まいしま)に、店舗がへばりつくように乱立する。
対岸にはユニバーサルスタジオのイルミネーションが点滅し、大阪湾には、屋形船や、夜間航海灯を点けた高速艇が行き交う。日本独特の異国情緒とスリリングな体験を求め、世界中からものすごい数の外国人が殺到するが、ギャンブルに飽きた客たちは、すぐに周辺部へと繰り出す。少子高齢化が加速し下り坂の日本は、観光客の人気や外貨を獲得するため、違法すれすれの性風俗産業や飲食店、売春窟となっている屋形船までも、政府はある程度黙認した。その中に、人だかりが出来るほど人気の屋台があった。
たこ焼き屋である。
ただのたこ焼き屋ではない。十代の美少女たちが胸の大きく開いたエプロンと、超ミニスカートで接客をするミニスカたこ焼きなのだ。
わずか数日前に営業を始めたばかりだが、SNSであっという間に世界中に広まり、国内だけでなく、海外のヲタたちも殺到した。アイドルイベントが少なくなり、ヲタたちは、実生活の中でアイドルを追い求めるようになっていた。外国でも、相変わらず日本独特の奇妙な文化が支持され続けている。
大阪都は、東京に負けじと、街を活性化するため、日本人でも外国人でも、着物を着れば、各店舗で割引サービスを受けられるという地方条例を施行した。
東洋の島国日本、特に関西地方はアナザープラネット(別の惑星)と呼ばれた。野良着の黒人や、浴衣に刀をさした白人女性、芸者の格好をしているオカマの白人男性など大勢いるので、鎖国時代の出島にタイムスリップしたみたいだ。道路には、前後二体の人型ロボットが担ぐ豪勢な駕籠や、ロボット人力車も走っている。
「エイホッ、エイホッ、エイホッ、エイホッ、エイホッ……」
と、捩り鉢巻きにハッピを着たロボットは、電子音声を発生しながら走る。
たこ焼き屋台に行列を成す客たちは、屋台の正面から裏へと回るので、上空から見ると、衛星写真の台風みたいに、屋台を中心に行列がとぐろを巻いている。屋台なので裏へ回ると、少し前かがみになったミニスカートの太ももが丸見えなのだ。
ドローンタクシーが、屋台の真上を低空飛行で通過するたび、彼女たちのスカートがめくれ上がり、客たちはスマホを片手に大歓声を上げる。普通なら一パック、八個とか十個入りで売るのだが、この店の売りは、たこ焼き一個、単品売り。一個の単価を、かなり高く設定している。
正直言ってぼったくりだ。ぼったくりとわかっていても、客は殺到した。
「あらよっ!」
と、胸が大きく開いたフリルの付いたエプロン姿で、気の強い十六歳のレイワが、客の口に熱々のたこ焼きを放り込む。
「ふひゃあっ! あふい! ふひゃひゃひゃ! ありふぁとうほぇぇまひたぁ!」
「ったく、気色のわりいヲタおやじが、もう一個欲しいの?」
「ふひゃあ、ほひいれす、ほひいれす、もういっふぉ、くらはいぃぃ」
「ほらっ! しっかり受け止めてっ!」
「ふひゃあっ!」
放り投げたたこ焼きが客のメガネにあたり、崩れ出たタコの足が、客の鼻にへばりつく。
客はのけぞって、悲鳴を上げながら屋台を離れていった。客は武田信玄の鎧兜姿だった。
高校一年生のレイワは、和風美少女。いつもポニーテールにしているので、切れ長の目がよけいに強調されている。十六歳なのに胸は、はちきれそうに大きい。
次の中国人団体客には、ピンク色のエプロンを着た十五歳、中三のヘドロが応対した。
「イイ、アル、サンッ、スー、ウー、リュー、チー、パー、チュー!」
と言いながら、九人並んだ中国人男たちの口に、次から次へと、蛸つので突き刺したたこ焼きを一個ずつ、焼き台越しに、リズミカルに放り込んでゆく。
ヘドロはあだ名で、本名は、黒川ペドロミーナ。黒人と日本人とのハーフだ。
黒い川をもじって、ヘドロとあだ名をつけられた。チリチリの長い髪の毛をいつも三つ編みにしている。ヘドロは屈託がなく、誰とでもすぐに仲良くなれる性格で、その変なニックネームに関しても何とも思っていない。褐色の肌で中学三年生というのに、黒人の血のせいか、胸は異常に大きい。
その頃の日本では人種差別なんてすっかりなくなり、令和元年頃から続々と登場した黒人のハーフ選手が、NBAやテニス、陸上競技や野球など、プロスポーツで大活躍する。
その結果、日本人女性のみならず男性も、黒人女性との子供を欲しがった。
英国の人気映画「008」も、今や黒人女性が主役のスパイを演っている。そのヒロインはボンドボーイと呼ばれ、世界中の駆け出し男性俳優が憧れる役どころだ。
「もう一回、行きますよっ! ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ!」
バスケの選手を夢見ているヘドロが、ニコニコしながらたこ焼きを放り投げていくのを、中国人男たちは慣れているのか、「アイヤ」「ハイヤ」「ホイヤ」「アャャ」「ハャャ」「ハイサ」と、みんなが口で上手に受け止めてゆく。全員が、二個目のたこ焼きの注文だった。
みんな、片手に氷入りのドリンクカップを持ち、その腕には高級そうな腕時計をしている。成金の富裕層だろう。簡単な浴衣などではなく、本格的な着物を着ている。平安時代の貴族の衣装や、大相撲の行司の格好をして軍配を持った者もいる。
九人目の小さな男は、ヘドロの胸の谷間に見とれて、ぼんやりしていたのか、口で受け止め損ね、たこ焼きが額に命中した。
「アッチャー、アチャチャチャチャ!」と、ブルース・リーみたいな悲鳴を上げて飛び跳ね、くるくる回りながら走っていった。小男は忍者の黒装束で刀を背負っていた。
残りの八人の中国人客は、ゲラゲラ笑いながら、また列の最後尾の方に歩いてゆく。
次のアラブ人客には、十四歳の韓(カン)が応対する。
韓は胸にフリルが付いた、赤色のエプロンだ。スマイルマークのようにいつも笑っている。名前はソギョンだが、言い難いので、ストレートに「カンちゃん」と、ニックネームをつけられた。先輩にも後輩にも、いつもニコニコ笑顔を絶やさない。
でも、泣き出しても止まらなくなる。感情の起伏が激しく、少し怒りっぽい。
曽祖母は、「少女カラ時代」という韓流アイドルユニットのメンバーのひとりだったらしいが、例によって小さい頃、児童養護施設の前に置き去りにされた。
韓が相手をしているアラブ人客は、日本の着物は着ておらず、アラブ独特のディスターシャという白装束を着て髭をたくわえている。上品そうに、にっこりと微笑みながら差し出す手には、宝石が埋め込まれた金の指輪をはめ、もう片方の手で髭を撫でている。
王侯貴族なのか、五人もお付きの者を従えていた。お付きの者も全員ディスターシャ。
そのアラブ人男は、口を開けないので、韓は、たこ焼きを爪楊枝に刺し、にっこり笑って差し出した。男は人差し指を立て、何度か横に振る。
次に、三人娘を順番に指差し終わると、今度は屋台全部を指でまあるく囲み、自分の胸をトントンと二、三度叩き、再び、にっこり微笑んだ。
「アホたん!」
『TAKOBALL』と描かれた赤ちょうちんの下に置かれたビール箱に座っていた、ジャージ姿のグラマーな女性が、人差し指を立て、横に振りながら近づいてきた。
「この娘たちは売りものじゃないのっ! 帰って! 女が欲しけりゃあっちへ行ってっ!」
と、屋形船が停泊している海の方向を指差す。
彼女のあまりの剣幕に、お付きのボディガードが取り囲む。
「この娘たちは、部活のお金を稼いでんのよっ! あたしはこう見えて学校の先生なんだからねっ!」
LGBTや、性差別の撤廃が究極に進んだその頃、世界中で、男女平等な社会が実現しつつあり、男は、どんどん女らしくなり、女は男らしくなっていた。
そうなってくると、元々人気だったサッカーやプロ野球には女性が殺到し、甲子園球児たちも、今では女子高生が半数以上。ジャムアンコの四番バッターも、大リーグから来たブロンド娘。長い金髪をキャップの後ろからポニーテールで出し、バットをブンブン振り回す。ホームラン王にもなりかけたことがある。
盗塁専門の黒人女性選手や、サブマリン投法の女性ストッパーもいる。
スタンドでは、ミニスカートのチアガールと一緒に、ブーメランパンツに、ヘソ出しタンクトップのチア男が応援する状況になっていた。
たこ焼き屋の女将、ポーラは児童養護施設の職員で、フリーの部活指導員でもある。
彼女自身、その児童養護施設出身であった。スポーツ万能で気が強い。
二十七歳。元は、東京ビバルディの選手で、サッカーをしながらアルバイトでモデルをしていた。背が高く、ファッション雑誌の表紙にまでなったことがある。
しかし、バーニーズ事務所の遊び人の芸能人に騙されたショックで男嫌いになり、地元大阪に帰り、児童養護施設の職員をしながら、外注の部活指導員をしていた。
いつも、上下そろいの、緑色のジャージ姿。
真夏の今は、白いブラジャーが見えるほどチャックを胸元まで下ろしている。体にぴったりしたジャージなので、大きく突き出した胸でジッパーが弾け飛んでしまいそうだ。
喉元のど真ん中に大きなホクロがある。いつも、その喉もとにあるホクロを隠すように、ハート形をした大きなロケットペンダントをしていた。
たこ焼き屋は、格差社会の底辺層に位置する彼女たちが、手っ取り早く一年分の部費を稼ぐための夏休み限定のアルバイトだった。学費はタダだが、部費は自腹で払わなくてはいけないから、児童養護施設の者は、小学生でも高学年になるとアルバイトをする。
しかも、夏休みは三ヶ月に延長されていた。
普通の家庭の子供は、旅行や塾に行ったが、底辺層の子供はアルバイトに明け暮れる。
人手不足の日本では児童労働が認可され、昔の新聞少年みたいに、小学生が宅配をするようになった。
ゆっくり動く宅配ロボットなんて、通行人から邪魔にされ、突き飛ばされるので、結局役に立たなかったのだ。ヤンキーや悪ガキの間で、「タクロボ倒し」も流行った。
いかに内臓監視カメラの目をごまかしてタクロボを倒すかという、悪ふざけの遊びだ。
なにしろ宅配ロボは、一度倒れると、自力では起き上がれない。
捕まっても、「ただぶつかっただけ、わざとじゃない」と言い訳出来るように、いかに自然に倒すのがミソだった。宅配ロボット一台につき、監視員が一人つく、という、おかしな事態になり、小さな荷物限定で、児童による宅配アルバイトが認可されたのだった。
飲食店やコンビニは、ロボットによる無人化が進んでいたから、生身の人間がやる店は珍しい。直接コミニケーション出来る、人間臭さのある屋台は、何処でも人気がでた。
この屋台は、たこ焼きを、美少女がミニスカを履いて焼いていたからなおさらだった。
そのたこ焼き屋台に、上空から高周波音とともに猛烈な強風が吹きつけた。
スカートがめくれ上がるのを喜んで歓声をあげていた客たちも、次第に目もあけていられないほどになる。
屋台が吹き飛ばされそうなほどの風とともに、空から深紅のドローンが降りてきた。
着陸するとともにプロペラが回転を下げ、風が弱まる。
卵を横にした形のボディ。イタリアンレッド。
機体ナンバーの上部に、翼が生えた跳ね馬「ペガサス」のエンブレムと「G」の文字。
「G Forrari」。
これは世界最大のAI企業グールルとホォラーリが共同開発した三人乗りのスーパースポーツドローンだ。
ガルウィングのドアがゆっくり跳ね上がると、中から高級そうな皮靴を履いた小さめの足が出て来た。イタリア製サルマーニのソフトスーツを着た小柄な中年男だった。
ピンク色のYシャツを着てノーネクタイ。いかにも遊び人という格好。
男はドローンのプロペラの下、少し猫背気味で、もみ手をしながら近寄って来た。
「いやー、どうもどうも、おつかれさん。元気? ポーラちゃん、あいかわらずおっきなオッパイも、元気かな~?」男は屋台の女将に話しかけた。
「なんだ、カルちゃんじゃないの、どーしたの? そんなドローンに乗って」
女将がカルちゃんと呼ぶこの中年男の名前は、狩田淳(カルタアツシ)。
芸能界名うてのスカウトマンだ。
たこ焼き屋の女将ポーラが、男女混合のプロサッカー界から、モデルの道へと転向したのは、この男の誘いからだった。
モデルを経て芸能界へ進む頃、バーニーズ事務所に所属する金髪の遊び人に騙され、道を踏み外したポーラは、狩田に対して頭が上がらない。
ポーラは美人だが、そばかすが多く、右目の下に五個、特徴的なホクロがある。
五個のホクロを線で結ぶと、「M」の形をしていた。
「いやー、ポーラちゃん、ひさしぶり、聞いたよ、聞いてるよ~」
「はあ? なに? 私はもう無理、迷惑かけたし」
「迷惑かけたなんて水臭いこと言わないでよ~」
そこはかとない小物感が漂う狩田は、見かけは軽いがスカウトにかけては天才的に鼻が効く。軽薄そうだが、優しくて性格がいいのが、ポーラたち、過去にスカウトした女性たちみんなに好かれていた。スカウトの成功率が高いのは、その安心感と腰の低さだろう。
今日の狩田の目当てはポーラではなく、ポーラのたこ焼き屋で働く美少女たちだった。