香が原稿に向かったまま呟くと、冬木は原稿を勢いよく折りたたむ。用紙が折りたたまれた風圧で香の前髪が浮いた。

「人前に立つ人間が正しい日本語を使えないと信用を得られない。それに、大勢の前に立つと緊張してうまく喋れなくなるときもある。そんな時、頼りになるのが文字に起こされた原稿だ。だから俺たちは、ニュアンスがどうのこうのなんて適当なこと言ってらんないんだよ」

 冬木はそのまま元の席に戻り、原稿とともに、傍の国語辞典を開く。

「俺たちは、正しくないといけないんだ」

 蛍光色の付箋がそこかしこからはみ出ており、ページの端が黒ずんでいる。とても使い込まれているのが、香は一目でわかった。

 正しくないといけない。

 冬木の言葉に、香は鬱々とした気持ちになった。それはついさっきまで孤独な下校途中にも考えていたことだった。

 正しさって、なんだよ……。

 無意識に俯いていた香を光輝は腰をひねり覗き込む。

「サイコーちゃんってさ、明日暇?」
「うわっ!」

 突然目の前に現れた光輝の顔に驚いたが、香はこくりと頷く。

「よし! じゃあ一緒に行こうか」

 快活な笑顔を浮かべる光輝に、なんだか嫌な予感がした。

「……どこへ?」