それは『私には自信がありません』と言う箇所と『自分の実力を認めてもらいたい』と言う文言。
 どうして柊さんは自信がないのか。
 誰に自分の実力を認めてもらいたいのか。
 だって、周囲の人間は柊のことを教育長の娘としての目線以外にも、柊さんは品行方正で優秀だと生徒も先生も十分に認めていたはずです。
 だったら、周囲の人間ではない、特定の誰かに認められることで、柊さんの自信は手に入るのではないかと考えました」
「だから、お父さんのところに行ったの?」
「まず認められたいのは実の親だったりするのかなって」

 香は満の顔をちらりと見て、昨日の出来事を語る。

 香は単身、県の教育委員会に乗り込み、柊の父である教育長に生徒会長選挙で娘のために不正を働こうとしているのか直接問いただした。しかし父親は何も指示を出しておらず、今回の不正は金森が教育長にゴマをすろうと個人的に行っていたことが判明した。

「教育長言ってました。そんなことをしなくても私は娘を信じてるって」

 驚く柊を前に満は垂れる汗をハンカチで懸命に拭う。

「一生徒が教育委員会に乗り込んで、しかも教育委員長に直接会うって、もしかして大変なことしたんじゃない?」
「確かに大変でしたね。受付行っても通してもらえなくて、駐車場で待ち伏せしてたら警備員さんに見つかって追いかけ回されたり……」

 昨日のことを遠い昔の出来事のように懐かしむ香に、満はあわあわと指先をせわしなく動かす。

「やばいよ。冬木くんに知られたらめちゃくちゃ怒られる……」
「正しくないことをしたって自覚はありますけど悪いことをしたとは思いません。だって、柊さんがこのままの気持ちでずっといる方が正しくないって思うから」
「どうしてそこまで……」

 どうしてと問われれば、どうしてなのだろう。
 彩田香は考える。
 
 私は、
 宇治先輩のように人の気持ちを考え、
 光輝先輩のように違和感を感じるアンテナを張り、
 そして、冬木先輩のように自分の中の正しさを追求しただけだ。

 それってつまり。

「それが、正しさを大切にする校閲部の仕事ですから」

 無意識に言葉が口から出ると、途端に恥ずかしくなり「私自身、まだあんまり正しさってのがわかってないんですけど」と香は付け足し苦笑いを浮かべる。