「ご静聴、ありがとうございました」

 柊は一礼し、自分の席に戻る。

「それでは、投票に移ります。立候補者はそれぞれ控え室へ」


 冬木が小野の控え室の扉を押し開けると、激昂した様子の小野が勢いそのままに演説原稿を突きつける。

「これはどういうことだ!?」

 演説原稿の内容は事前に渡していたものと何も変わっていなかった。ただ一点、紙の端にメモが書かれていた。

『柊の秘密を明かした場合、柊はお前の秘密を明かすだろう』

 演説原稿を握りつぶし、地面に投げ捨てる。

「演説を成功させるために働く校閲部が、演説者の邪魔をするなんてありえないだろ!」
「俺たち校閲部は読者や聴者に間違った情報を届けないために存在する」
「間違った情報?」
「柊霧子、彼女は喫煙なんかしていない」

 冬木はまっすぐと小野を見据える。

「お前がタバコの吸い殻をばらまいた犯人だ」
「お、俺はタバコなんか吸っていない……」
「よく聞け。俺はお前がタバコを吸ってるなんて言ってない。お前は、校内にタバコの吸殻をばらまいただけだ」

 冬木はポケットから光輝から受け取った吸い殻が入った袋を取り出す。太さやフィルターの色が違うタバコの吸い殻を。

「全部銘柄が違う。これは男性がよく吸うやつ。これは女性に人気のもの。これらは全部紙タバコで、こっちのは電子タバコの吸い殻だ。あとこの茶色いやつは海外の高級品」
「……なんでそんなこと知ってるんた?」
「うちにはバカだけど勘のいい奴がいるんだよ。しかもそれが結構当たる。野生の勘ってやつだ」

 体育館裏でタバコの吸殻を発見した光輝は一つの違和感を感じた。
 それはタバコの吸殻が完全に熱を失っていたこと。火を消したとしても柊がいなくなって光輝たちがタバコを拾うまでのわずかな時間では熱は残っているはずだった。その時点で光輝は直感的に柊がタバコを吸ったわけではないと理解した。
 そして、銘柄の違いに気がついたのは冬木だった。
 もちろん喫煙者ではない冬木はタバコについての知識は持ち合わせていなかったが吸い殻の柄や色の違いに違和感を覚え、それらすべてを調べあげた。
 
「どんなに小さな違和感でも絶対にそのままにしない。調べて、確認して、違和感を消す。それが校閲部の仕事だ」

 動揺する小野を無視して、冬木は続ける。