くしゃくしゃに握り潰したい衝動を抑えながら原稿を丁寧に折りたたむとだらしない格好の生徒たちの中で一人ピッシリと制服を着る冬木と目があい、小野は奥歯を噛みしめる。

 くそっ!

 小野は自分の席に戻ると、澄まし顔で座る柊と目があったが小野は何も言わず席に腰を落とした。

「それでは、二年一組、柊霧子さんの演説です」

 静かに立ち上がる柊。演台の前に立ち、小野同様、演説原稿を広げると一瞬眉を上げるが、すぐに読み進める。

「皆さんこんにちは。この度、生徒会会長に立候補しました、二年一組、柊霧子です。

 私は一年間、生徒会役員として様々な活動を行ってきました。
 生徒会役員として培った経験や知恵を元に、より良い学校づくりのために頑張りたいと思っています」

 落ち着いた声でマイクに向かう柊はそのままマニュフェストを公表。
 しかし生徒たちは柊の演説を聞き流していた。柊霧子の演説は聞くまでもない、そもそもこんな選挙に意味はないじゃないか。小野が立候補すると聞いた時香が思ったことは、ほとんどの生徒が同じだった。

 当選が約束されている優秀な生徒の完璧な演説は生徒たちにとって退屈そのものだった。マニュフェストの公表を終え、「必ず実現したいと思っています」と続けると柊は沈黙した。

 不自然な静寂にどうした? と今まで聞き流していた生徒たちが耳を傾けると柊は「しかし、私には自信がありません」と言い切った。

「ならばなぜ立候補しているのか、そう思うでしょう」

 その通りだった。気がつけば生徒たちは柊の次の言葉を待っていた。
 もう誰も、柊の演説を聞き流していない。
 柊は覚悟を決めた眼差しで生徒たちを見渡す。

「私はある事情で自分という存在を認めてもらえる機会が少ない人生を歩んできました。だからこそ、自分の実力を認めてもらいたくて、他者からの助けを許せず、いつも一人で生徒会活動もこなしてきました。
 そして、わかったのです。
 一人では何もできない。みんなと力を合わせなければ何も変わらないことを。
 私は生徒会だけではなく全校生徒みんなで、清開高校をより良い学校にしたいと考えています。
 そのためにもどうか、力を貸していただけないでしょうか?」

 そう問いかけ、柊は演説原稿をパタリと閉じる。誰も口を開かない体育館にマイクを通して紙が折りたたまれる音が静かに響く。