体育館に集められた生徒たちはみんな暑さにやられ溶けるように座っている。渡り廊下側の扉を解放しても入ってくるのは生ぬるい風ばかりで、日が当たらない体育館裏側の扉は締め切られ、二階の窓を開けても熱気はこもるばかり。
 制服のボタンを外し、滴る汗を肩にかけたタオルで拭う一見だらしない生徒たちとは対照的に壇上では小野と柊が少し感覚を開けて並べられたパイプ椅子にきっちりと座っている。

 生徒会長選挙実行委員の女子生徒が慣れないマイクにまごつきながらも声を張る。

「それでは、二年三組、小野優斗さんの演説です」

 小野は演台の前に立ち、懐から演説原稿、そしてもう一枚紙を取り出す。それは演説原稿の(未定)の箇所に読む、柊霧子が校内で喫煙しているという内容の原稿だった。

 小野は、短く息を吐いた。

 緊張ではない、これから始まる自分の演説で、眼下に見える生徒一人一人の顔がどんな風に変わるか、そして澄まし顔の柊がどんなリアクションをするのか想像すると顔がにやけてしまいそうになるからだ。
 小野は堂々とした振る舞いで演説原稿を広げる。しかし、原稿を開いた瞬間、小野は眉間にしわを寄せる。 

 なんだこれ……。

 演説原稿は二日前には渡されていた。
 しかし壇上に上がる数分前、柊とともに袖で待機していると原稿に誤りがあったと宇治満が新しい原稿を渡してきた。それは語句の誤用や打ち間違いではなく、とても小さな間違い、句点のつけどころだという。

「声に出して読むものだから多少は大丈夫かと思ったんだけど、うちの頑固者が校閲部の信用に関わるからって。じゃあ頑張って」

 そういって宇治は小野と柊、両方から事前に渡していた原稿と新しい原稿を交換すると体育館に集まる生徒の群れに消えていった。
 小野は気にするほどのものではないと中身を改めなかった。
 そして、新しい演説原稿を広げた、いまに至る。

 小野は生徒たちのざわつきで我に帰り、すぐに演説を開始する。

「……こ、この度、生徒会会長に立候補しました、二年三組、小野優斗です」

 原稿を読み進め、(未定)の箇所に差し掛かる。しかし小野は柊の暴露ではなく、自分が生徒会長になった際に実現させるマニュフェストを語り、最後の締めへ。

「ーー皆様の清き一票を、よろしくおねがいいたします」