優しそうな満と気の良さそうな喫茶店のおじさんとの間にそのような溝があると知り香は驚いたが、やはりそんな二人の様子も簡単に想像できてしまった。

 現実問題、小説家として食べていける人間は一握りだ。宇治先輩が小説家になれないと思ってしまうおじさんの気持ちもわかる。
 そして誰よりも空気が読めて、気を使える宇治先輩だからこそ、言葉にしないおじさんの真意を感じ取ってしまったのだろう。

「僕は父さんを尊敬してるし、良い人だと思う。だけど、だからって全部が全部嬉しいことばかりじゃない。きっと柊さんも、父親が教育委員長だってことで都合がいいこともあっただろう。だからと言って彼女がよく思っているか、幸せかどうかは別の話だよ」

 満は懐から原稿用紙を取り出し、香に手渡す。それは柊の演説原稿だった。

「僕は小野くんも柊さんも、どっちも清く正しく、選挙に臨んでほしいと考えているし、そのために校閲部として手を尽くしたいと思っているよ」

 香は柊の演説原稿に目を通す。

「校閲部として……」

 翌日、まだ日も昇っていない早朝に香は学校に到着した。誰もいない校門を突っ切り、石碑の裏へ回ると垣根の中にはすでに光輝の姿があった。

 光輝は何も言わず、ニヤリと笑うばかり。
 香もまた何も言わず、垣根の間に空いた穴へすっぽりと収まる。
 
 今日も、校閲部の仕事がはじまった。