冬木の言葉は半分図星だった。香は心の何処かで柊を悪者のように捉えていた。だけどもう半分の感情は小野も柊も関係ない。
 自分にない「正しさ」という確固たる定規で物事を測る冬木に対し、反発したかっただけ。ただの意地だ。
 
 勢いを失った西日がたなびく雲に輪郭を溶かしていく。
 気がつけば、よく優花たちと帰り道に寄っていた高台についていた。家の明かりがポツポツと付き始める夕方、みんなと一緒にどうでもいいことを駄弁っていた時間が香は好きだった。
 
 高校生は部活、勉強、恋愛……何かを頑張るのが正しいなんて、私は思えない。だけど、帰宅部として何もせずに過ごすことも正しいとも思えない。

 正しさって、なんだよ……。

 ベンチに腰掛け、夕空と夜空が混じる境界を見上げていると遠くからヒーヒーと苦しそうな呼吸が聞こえてくる。

「宇治先輩?」

 音の聞こえる方をじっと見つめるとよろよろになりながら満がこちらに近づいていた。満はすがるように香の隣に腰掛けると乱れた呼吸を整えながらぼたぼたと垂れる汗をハンカチで上品に拭った。

「ごめんなさい。私……」
「気にしないで。……人それぞれ、正しさは違うから」
「正しさが、違う?」

 満の呼吸が落ち着くまで香は黙っていたが、満は香の問いには答えなかった。しばらくして、満は不意に喋り出した。

「僕は柊さんの気持ち、ちょっとわかるんた?」
「え、宇治先輩もタバコを?」

 違うよ、と満は笑い、香もつられて笑った。

「僕、文芸部にいた頃は小説を書いていて、将来は本気で小説家になりたいなと思ってたんだ。そのことをお父さんに打ち明けたら、お、いいぞ。頑張れって言ってくれてさ」
「いいお父さんですね」

 香にはその様子が簡単に想像できた。豪快に笑うおじさんと少し照れながらも笑う満の姿。しかし、現実に目の前に座る満の顔は暗かった。

「違うんだ。父さんは僕が本気で小説家になれるなんて思ってない。結局は自分の店を継ぐだろうって思ってる。直接そう言われた訳じゃないけどわかるんだ。親子だからね。そう思うと、自分が頑張る理由が何かわからなくなって。それで小説が書けなくなって。だから他の部員の作品を見て手直しとかしているうちに冬木くんたちと出会って校閲部になっていったんだ」