放課後。生徒会室にいる小野は柊に何かを伝えると先にカバンを持ち生徒会室を出た。

「あれ、帰っちゃうの?」

 光輝は、百円ショップで買ったらしいチープな双眼鏡を覗きながら呟く。

「今日は用事があるらしいです。じゃあ私たちも帰りましょうか」

 北校舎の二階にある生徒会室を覗くべく、対岸の南校舎の二階にある理科準備室に潜伏している香と光輝。蝉がジリジリと鳴く夏場なのにここは異様に肌寒く、薬品と埃の匂いが混ざった空気が漂うが、香はすでに慣れていた。
 ちなみにいえば、双眼鏡なんかなくてもここから生徒会室の中は肉眼で覗ける。光輝曰く、雰囲気づくりだそう。

「いや、もうちょっと」
「えー私たち小野先輩の演説内容の取材してるんでしょ? 小野先輩帰ったんだからもう終わりでいいでしょ」
「そーなんだけどさ。なんか違和感あるんた?よなー、なんだろ」

 光輝は双眼鏡を手放し、指先で顎を触りながら唇を尖らせる。

「どこがですか? 何に? 誰に?」
「んーわからない」
「は?」
「て?も、俺の勘がそう言ってる」

 ……勘って。

 わからないことを自信たっぷりに宣言する光輝を見て香は頭をかかえる。

 思えばこの安達光輝先輩は初めてあったときから「俺の勘は当たる」と豪語していた。校閲部の校閲担当。あの真面目そうで怖い桐谷冬木先輩とは真逆の明るさ、もといいい加減さだけど二人はなんだか仲が良さそう? な感じ。
 本人曰く肉体派で、勘に頼って、それでいてバカ。……私と同じで。

 やっぱり香はこの人間と自分が同じだと認められなかった。

 確かに成績は良くはないが悪くもない。そもそも肉体派ではない。それに私はあの冬木先輩と同じ空間にいるだけで気が滅入るだろう。
 きっと光輝先輩は冬木先輩の威圧感とか小言とかも気にならないぐらい大雑把で、やっぱりバカなんだ。

「行くよ」

 ブツブツと脳内で小言をつぶやいていると光輝が突然立ち上がる。
 香が生徒会室を覗くと柊を含めた数人の生徒会メンバーが生徒会活動の一つである校内の見回りのために出ていくところだった。見回りが終わり次第そのまま下校する決まりので、みんなカバンを持っている。
 ただの見回りじゃないですか、と言うよりも先に光輝は理科準備室を飛び出していた。香は溜め息を小さく漏らし、あとを追う。