そうかそうか、と金森先生は小野を始め、他の生徒会役員を無視して柊にだけ挨拶を返し、校舎へと消えていく。その様子を見て、香は垣根の小さな葉っぱを無造作にむしり取る。

「うわー、金森のやつ明らかに贔屓してる。しかも柊さんは何とも思ってないし。感じ悪くないですか?」

 香は振り向くが光輝はメモに何かを記入しているだけだった。
 八時になり、挨拶運動を終えた生徒会役員たちの姿が校舎へ消えて行くと光輝はバサッと立ち上がる。周囲からすれば突然垣根から人が生えてきたみたいに見えるだろう。

「朝のあいさつ運動は確かにしている、と」
「は? 確認ってそれだけですか?」

 光輝が手に持つ小野の演説原稿のコピー。そこには小野が一年間生徒会役員として活動してきた内容の例として、『朝のあいさつ運動』と書いてある。

「そんなの、いつも見てるからわかるて?しょ」
「俺だいたい遅刻してるから知らなかった」
「えぇ……てか、そんなところまでいちいち確認するんですか?」
「これが校閲の仕事。書かれてある内容が正しいかどうか取材する。ちなみに文章自体の確認は校正という、これは冬木の役目ね。俺もサイコーちゃんと同じでバカで国語の成績悪いし、それに何より俺は肉体派だからね」
「ば、バカって……」

 特に力コブも浮かばない細い腕を曲げながらポーズをとる光輝に言葉を失う香に変わって朝のホームルームを告げるチャイムが叫ぶ。

「じゃあ放課後もよろしくね」
「放課後?」

 香は記憶を巡らせ、小野の演説原稿を思い出す。

 そういえば、「あいさつ運動」の次に「校内の見回り」と書いてあったような……。

「早く教室行かないと遅刻になるよ」

 そう言い残し、垣根を飛び越え、颯爽と校舎へ走る光輝。その姿を呆然と見つめる香はしばらくして正気に戻り、足をチクチク枝に刺されながら、今度はノスタルジーを感じる暇もなく、垣根を抜けて走り出す。

「なんだよもう!」

 香が光輝とともに小野の取材と称した張り込みを始めて三日が経った。  
 朝早くの『あいさつ運動』、放課後の『校内の見回り』。そのほかにも生徒会の活動は全て記録した。
 演説原稿の通り、小野は生徒会の活動を他生徒会役員たちとともに精力的に行っていた。それに比べ、柊は一人。しかし仕事は完璧にこなしている様子だった。