時刻は朝の七時。
幾度となくでたあくびのせいで目に溜まった涙を拭いながら香は校門をくぐる。誰もいないグラウンド。自転車が一台も止まっていないトタン屋根の駐輪場。
人の気配を感じない校内を進むと、既に指定の場所に光輝がいた。
「こっちこっち」
光輝が手招くそこは校門から昇降口までの間にある大きな石碑の裏。
『清らかに開く心を学ぶ 重田進之介』
ここ、清開高校の校訓と現校長の祖父にあたる初代校長の名前が刻まれた石碑の周囲に青々と生い茂る垣根の中には、人がすっぽりとは入れそうな穴が二つ空いており、周囲からは見えない文字通りの穴場だった。
片方の穴にはすでに光輝がはまっており、もう一つの穴を光輝が指差す。
ここに隠れろ、という意味だ。
香は嫌々、スカートを押さえながら足を上げる。ふくらはぎに刺さるチクチクとした小さな葉っぱの感触が無邪気に公園で遊んでいた子供の頃を思い出させる。ノスタルジーに浸っているとバランスを崩し、香はすっぽりと穴にダイブ。息苦しいまでの草の匂いにたまらず顔を上げると、強い力で頭を押さえつけられた。
「来たよ」
光輝に頭を掴まれたまま、香は垣根から少しだけ顔を上げると自転車に乗った小野優斗が自転車のスタンドを下ろすところだった。小野はカバンの中から取り出した生徒会の腕章を二の腕に巻きつけ、校門のそばにたち、腕を後ろに組んで立つ。
時刻は七時三十分。昇る太陽と共にだんだんと登校する生徒が増え、小野は一人一人に大きな声で挨拶をしている。生徒会による朝のあいさつ運動だ。
「おはようございます!」
相手から挨拶が返って来なくても、小野は構わず元気に挨拶を繰り返す。
次第に他の生徒会役員も登校し、小野に並んであいさつ運動に加わる。少しして柊も登校し、腕に生徒会の腕章をつけて並んだ。しかし彼女の声は小野の声にかき消されて聞こえない。
そこへ、生徒会顧問の金森先生が出勤してくる。中年の割に痩せこけた頭頂部が寂しい金森先生は狭い歩幅で生徒会の前をそそくさと歩く。
「おはようございます!」
「……」
「おはようございます!」
「……」
「おはようございます」
「おはよう柊さん。いつも朝早くからご苦労だね」
「いえ、別に」
幾度となくでたあくびのせいで目に溜まった涙を拭いながら香は校門をくぐる。誰もいないグラウンド。自転車が一台も止まっていないトタン屋根の駐輪場。
人の気配を感じない校内を進むと、既に指定の場所に光輝がいた。
「こっちこっち」
光輝が手招くそこは校門から昇降口までの間にある大きな石碑の裏。
『清らかに開く心を学ぶ 重田進之介』
ここ、清開高校の校訓と現校長の祖父にあたる初代校長の名前が刻まれた石碑の周囲に青々と生い茂る垣根の中には、人がすっぽりとは入れそうな穴が二つ空いており、周囲からは見えない文字通りの穴場だった。
片方の穴にはすでに光輝がはまっており、もう一つの穴を光輝が指差す。
ここに隠れろ、という意味だ。
香は嫌々、スカートを押さえながら足を上げる。ふくらはぎに刺さるチクチクとした小さな葉っぱの感触が無邪気に公園で遊んでいた子供の頃を思い出させる。ノスタルジーに浸っているとバランスを崩し、香はすっぽりと穴にダイブ。息苦しいまでの草の匂いにたまらず顔を上げると、強い力で頭を押さえつけられた。
「来たよ」
光輝に頭を掴まれたまま、香は垣根から少しだけ顔を上げると自転車に乗った小野優斗が自転車のスタンドを下ろすところだった。小野はカバンの中から取り出した生徒会の腕章を二の腕に巻きつけ、校門のそばにたち、腕を後ろに組んで立つ。
時刻は七時三十分。昇る太陽と共にだんだんと登校する生徒が増え、小野は一人一人に大きな声で挨拶をしている。生徒会による朝のあいさつ運動だ。
「おはようございます!」
相手から挨拶が返って来なくても、小野は構わず元気に挨拶を繰り返す。
次第に他の生徒会役員も登校し、小野に並んであいさつ運動に加わる。少しして柊も登校し、腕に生徒会の腕章をつけて並んだ。しかし彼女の声は小野の声にかき消されて聞こえない。
そこへ、生徒会顧問の金森先生が出勤してくる。中年の割に痩せこけた頭頂部が寂しい金森先生は狭い歩幅で生徒会の前をそそくさと歩く。
「おはようございます!」
「……」
「おはようございます!」
「……」
「おはようございます」
「おはよう柊さん。いつも朝早くからご苦労だね」
「いえ、別に」