「でしたら、楽譜をお持ちします。クロード、楽譜を」

「はい、すぐにお持ちいたします」

「いや、楽譜はいい」

「?」

 エリスが不思議そうな顔をしていると、

「ああ、この曲は昔よく弾いていてね……暗譜しているんだ。まあ、ピアノ自体久しく弾いていないから、ちょっと自信はないが」

 とルードヴィッヒが微笑んだ。

「さあ、演奏を始めてくれ。君に合わせるから」




 演奏が終わると、しばしの静寂ののち、ロイが立ち上がって拍手をした。

「すごい! ルーイ兄さまって何でもできるんですね! 文武両道……いや、ピアノも弾けるから、それよりももっとすごいのか……」

「ええ、先輩の演奏のおかげで、とても気持ちよく演奏できました」

「二人とも、そんなに褒めないでくれ。しかし、この部屋にこんなにいいピアノがあるとは」

 ルードヴィッヒが愛おしそうにピアノを撫でた。

(きっとピアノがお好きなのね。それに、私よりもずっとお上手だった。ピアノも先輩に弾いていただいた方がずっと……)

 エリスは、ピアノを見るルードヴィッヒの表情を見て、ぼんやりとこんなことを考えていた。

「いかがでしょう? お時間のある時に、ピアノを弾きに来ていただいては」

「え? ああ……うん」

「主人もこう申しております。どうぞお好きな時にいらっしゃってください」

「そうか。ならばお言葉に甘えることにしよう」

 考え事をしているときに、クロードに話しかけられ、空返事をしてしまったことをエリスは後悔した。

 



 ――数日後。

 エリスのクラスで、披露会の代表を選ぶための話し合いの時間が設けられた。

 選考方法は、推薦された生徒の中から投票で、最も多くの票を獲得した生徒を代表とするというものであった。

(今回、私には関係ないわね……。だってつい最近、この学校に入ったばかりだもの。みんな私にどんな芸があるか知らないもの)

 エリスはのんびりと構えていた。

「アーサー君を推薦します」

 いきなり自分の名前が呼ばれ、エリスは慌てて声のした方を振り返った。

 見ると、声の主は、エリスを見てにやにやといやらしい笑いを浮かべている。

 嫌な予感がした。そして、それはすぐに現実のものとなった。

 エリスは、圧倒的な票数を獲得し、クラスの代表に選ばれ、披露会に出ることとなったのだ。