「僕もこの場所に教科書を捨てられたことがあるんだ」

 ロイはどこか遠くを見つめながら語り始めた。

「だからここがわかったんだ」

「うん……ここで教科書を探していたら、たまたま通りかかったルーイ兄さまが、一緒に探すのを手伝ってくれた」

「へえ、優しいんだ」

 ロイは無言で頷き、同意の意を示した。

「その時、ルーイ兄さまは何も言わなかったけど……いや、状況を見て全部察してくれていたんだと思う――翌日から、僕に対する嫌がらせはなくなった」

「生徒会長が、ロイのことを助けてくれたってこと?」

「多分、そう。たまたまっていう可能性もあるけどね。でも、僕はルーイ兄さまのことを信じたい」



「あ……!」

 会話の途中で、ロイは驚きの声を上げた。

「どうしたの、ロイ? あ……!」

 ロイの視線の先を追ったエリスもロイと同様に驚きの声を上げた。

「人の声がすると思って来てみれば……レディ、君だったのか」

「ルーイ兄さま!」

「生徒会長!」

 エリスとロイが、ほぼ同時に叫んだ。

「生徒会長なんて堅苦しい呼び方はしないで欲しいな。君も彼みたく『ルーイ兄さま』と呼んでくれないか」

「えっ、あの、それは……」

 エリスが返答に困っていると、

「それとも、他に呼びたい名があるのか? だったら自由に呼ぶといい」

 ルードヴィッヒは、困っているエリスの反応を楽しむかのように、いたずらっぽく微笑みかけた。

(どうしてこの人は唐突に現れて、私を振り回すような言動を取るのだろう?)



「ところでレディ、君が手に持っている物は何だ?」

 エリスが今、手に持っている物、それはぐっしょりと池の水に浸りきった教科書しかない。

「あの、ルーイ兄さま……」

 ロイが何かを言いかけた。おそらく、エリスが嫌がらせにあっていることをルードヴィッヒに訴えるつもりなのだろう。

「何でもありません。僕の不注意で池に教科書を落としてしまっただけです」

 エリスはとっさにロイの言葉を遮った。ルードヴィッヒには、嫌がらせを受けていることを知られたくなかった。

「そうか……。しかし、編入して早々、教科書を買い替えるはめになってしまったのは、さすがに気の毒だ」

「自分の不注意ですから仕方ありません」

「わかった。ならば今日の放課後、二人とも生徒会室においで。俺が使っていた教科書をあげよう」