はじまりは些細なことだった。

(ない……? 昨日までは確かにあったのに……)

 エリスが机の中にしまっていた、予備のペンが見当たらないのだ。

「どうしたの? 次の授業始まるよ」

「うん、そうだね……」

 ロイに声をかけられ、エリスは探し物を一時中断した。

(よくあるペンだから、知らず知らずのうちにどこかに落としたのを、誰かが拾って持って行ったのかも知れない)



 入学早々、生徒会長のルードヴィッヒとのあのやり取りがあったせいか、ロイ以外の生徒はエリスに話しかけるどころか、遠巻きに見ている状態だ。

 この調子だと、エリスがこの学校に来た目的を果たせそうもない。



 ――数日後の昼休み。

「ロイ、ごめん。教科書見せてくれないかな」

「別にいいけど……忘れたの?」

「ん……さっきから探しているんだけど、見つからなくて」

「あのクロードさんが、教科書を入れ忘れるなんてありえない!」

「そう、あのクロードがありえない……」

 エリスは、何かを考え込むかのように押し黙ってしまった。

「ねえ、最近、おかしなことなかった?」

「おかしなこと? そういえば、私物がなくなっているような気がする……」

「やっぱり! 一緒に来て!」

 ロイは、エリスの腕を強く引っ張った。

「ちょっと、ロイ! どこに行くの?」



 エリスがロイに連れて来られたのは、人気のない小さな池のほとりであった。

「一体、こんなところに何の用事があるの?」

 エリスは、息を切らせながらロイに聞く。

「えーっと……あ、あそこ! あれ、そうじゃない?」

 ロイは水面に浮かぶゴミの一塊を指差した。

「え、どこ……あった!」

 エリスはゴミにまみれ、ずぶ濡れになった教科書を見つけた――誰かが意図的にここに捨てたに違いないと、エリスは悟った。

(男の人でも、こういう陰湿なことをする人がいるのね)

 エリスは、自分が令嬢だった頃を思い出していた。 お茶会の場では、みな、噂話に華を咲かせていた。中でも、令嬢同士の陰湿な嫌がらせ合戦は、特に盛り上がる話題であった。

「これで手繰り寄せれば取れると思う」

 ロイは、どこからか探してきた木の枝を使って、教科書を池から拾い上げた。

「せっかく見つけてもらったけど、こんなに濡れてしまっていたら、買い直しかな。クロードに何て言われることやら」

 エリスは大きくため息をついた。

「クロードさんに怒られることの方が気になるんだ。君は強いね」

「強い? 僕が?」