「エリス様!」

 息を切らせながらメアリーが走ってきた。

「おばあさん、心配はご無用よ。私、きっと幸せになるわ」

 そう老婆に微笑むと、エリスはメアリーとともにカフェに入っていった。



 この日エリスは、旅行から帰ってきたばかりのハーヴィー伯爵令嬢のマーガレットの訪問を受けていた。

 マーガレットが土産物として持ってきた、珍しいお茶を飲みながら二人は談笑していた。

「そういえば……先日、私の兄がエドワード様と一緒に街へ行ったそうなのですが」

 とマーガレットが話し始めた。

「?」

「エドワード様と兄が歩いていると、路地から突然女性が飛び出してきて、助けを求められたそうです。ご存じでしょうか?」

「まあ、そんなことが……」

 エリスは、物乞いの類であろうと考えた。貧しい者が、裕福な貴族に金品を恵むよう懇願してくるのはよくある話だ。

「何でもその女性は、その……娼館から逃げてきた女性のようで……」

 マーガレットは言いにくそうにしているので、エリスが代わり言った。

「娼婦ということですか?」

「はい……」

「エドワード様が町で娼婦に出くわした……それだけのことでしょう?」

「それが……」

「それが、どうしたのですか?」

 マーガレットがなかなか本題を切り出さないので、エリスはしびれを切らし始めていた。

 エリスをいらいらさせていることを察したマーガレットは、やっと重い口を開いた。

「エドワード様はその娼婦の女性を宮殿に連れて帰ったそうです」

「!」

 エリスは驚きのあまり手にしていたカップを落としそうになった。

「それは本当のことなのですか?」

「はい……」

「で、その女性は今も宮殿に?」

 マーガレットはエリスの迫力に押されたように、首を縦に振った。



 マーガレットが帰った後、エリスは落ち着かなかった。

 エリスとエドワードは、幼馴染とも言える間柄だった。二人の婚約は、親同士が決めたものであったが、二人に異存はなかった。特別な愛情はなかったが、お互い、将来はなんとなく結婚するような感じがしていた。

 それに、エドワードは、温厚で、真面目が服を着て歩いていると言われるような人柄であり、夫にするには申し分なかった。

(きっと、かわいそうな娼婦を憐れんでいるだけだわ。エドワード様は誰に対してもお優しいから……)

 エリスは自分に言い聞かせたが、どういうわけだか、不安を完全に消し去ることができなかった。