「何事です、騒々しい」

 エリスの声を聞き、クロードがゆったりとした歩調で廊下の向こう側からやってきた。

 エリスは、自分の緊急事態にも関わらず、のんびりと構えているように見えるクロードに腹を立てていた。

「クロード、一体、これはどういうこと?」

 エリスは、持っていた服をクロードの胸元に突きつけた。

「これは……この服は男物でしょう? どうして私が男物の服を着なくてはならないの!」

「……やれやれ。奥様から聡明なお嬢様だと伺っていましたが、どうやら私の見込み違いだったようです」

「……?」

 クロードは落胆を隠さなかった。

 自分の与り知らないところで勝手に評価をつけられ、エリスは不快だった。

「そもそも……。シュヴィーツに行って、どうやってジョナサン王子のことをお調べになるのですか?」 

「え、それは……普通に街の人や生徒に聞き込みをして……」

「ククククク……」

 エリスが話し終わらないうちに、必死に堪えてはいたが、声を出して笑い始めた。

「な……、何が可笑しいの! クロード、いくらなんでも失礼ではなくて?」

「失礼しました。本当におめでたい方だ」

 エリスは頭に血が上るのを感じ、何か反論をしようと試みたが、怒りのあまり言葉が出て来なかった。

「よろしいですか、お嬢様」

 クロードは、言い聞かせるように言ったが、エリスには、『お嬢様』とわざわざ付け加えるところがどうにも嫌味っぽく聞こえてならず、それがさらにエリスの怒りに油を注いだ。

「奥様からお話があったかと思いますが……ジョナサン王子がいらっしゃったのは、寄宿学校です」

「もちろん知っています。それがどうかしたの?」

「寄宿学校の生徒が街中をうろついていると思いますか? 街の住人が寄宿学校の生徒の何を知っていると?」

「……」

 確かにクロードが指摘する通りだった。エリスが、シュヴィーツに行けば何とかなると思っていたことは否めない。

「……ではどうすればいいと……?」

「貴女が寄宿学校の生徒になればよいのです、お嬢様」

「私が男子校に……あ……」

「やっとお気づきになったようですね」 

 クロードがエリスの髪を切ったのも、男物の服を着させようとしたのもやっと合点がいった。

「そんな無茶なこと……!」

「無茶かどうかはやってみないとわかりません」

 エリスの動揺を知ってか知らずか、クロードはあっさりと切り捨てた。

「三か月後に編入試験が行われます。全ては編入試験に合格してからです」