「この者は、ハーバート家の使用人のクロードです」

 とハーバート侯爵夫人は燕尾服の男性を紹介した。

 クロードと呼ばれた男性は、黒髪に銀縁の眼鏡をかけた美青年であったが、眉一つ動かさず、無感情な印象を受ける。

「今からあなたは、このクロードの指示に従っていただきます」

「あ、あの……」

 エリスはハーバート侯爵夫人に聞きたいことがあり、ハーバート侯爵夫人に話しかけた。だが、エリスの意図を察したかのように、ハーバート侯爵夫人はこう言った。

「時間を無駄にはしたくありません。質問があれば、全てクロードに聞いてください」

 そして、ハーバート侯爵夫人はクロードを呼び寄せた。

「後のことはお願いしましたよ」



「それでは、私の後についてきていただけますか」

「はい……」

 エリスはクロードの指示に従うしかなかった。

 ハーバート侯爵夫人には、質問があればクロードに聞け、と言われた。

 だが、今、エリスの前を行くクロードには、とても話しかけてもよいような雰囲気はなかった。

 二人は無言のまま屋敷の外に出た。すると、屋敷の前には馬車が待っていた。

「この馬車にお乗りください」

 エリスがクロードの言うがままに馬車に乗ると、間もなくして馬車が動き出した。

 馬車の中で、向き合って座っているにも関わらず、相変わらず二人は無言であった。



「こちらです」

 二人を乗せた馬車は、小ぶりな洋館の前に止まった。

「ここは……」

 エリスはやっと言葉を口にすることができた。

「こちらはハーバート家の離れです。本日からこちらで生活をしていただきます。中をご案内します。どうぞこちらへ」

 エリスはクロードに促され、館内に足を踏み入れた。

 ――小ぶり……と言っても、大貴族の所有する洋館。十分すぎるほどの広さがあった。しかし、人気が全くない。

「あの、こちらには、他に使用人の方はいらっしゃらないのですか?」

 エリスはクロードに確認した。

「はい、私たち二人だけです」

「え、二人だけ……?」

「何か問題でも? お嬢様お一人のお世話でしたら、私一人で十分かと」

 クロードは相変わらず表情を変えずに言う。

「では、あちらの椅子にお座りください」

 クロードは、エリスの心情に構うことなくてきぱきと事を進めている。

 エリスはクロードに、部屋にぽつんと置かれている木の椅子に座るように指示された。

 クロードはエリスの背後に立つと、こう言い放った。

「よろしいですか。これから私が許可するまで、動くことも声を出すことも禁止いたします」