「私が死ぬとはどういうことでしょうか……」

 ハーバート侯爵夫人の突拍子のない提案に、一同はどよめいた。

「言葉の通りです。あなたはこの世から消えます――エリス・ステュアート、ここであなたに最後の選択の機会を与えます。ここに残るか、このままこの場を立ち去り、予定通り修道院に入るか」

 エリスは考えていた。ハーバート侯爵夫人が言う『死』とはどういう意味なのかと。これからエリスは、ジョナサン王子を探しに行く。そうなると、肉体的な『死』という可能性はないだろう。ということは、社会的な『死』という意味か。

 だったら迷う必要はない。エリスは、もうすでに社会的に死んでいるも同然だ。

「ここに残らせてください」

 エリスの決意を確認すると、ハーバート侯爵夫人は、

「これから話すことは他言無用です。決して誰にも話してはなりません。いいですね?」

 と三人に前置きしてから、今回の計画について、まるで物語を読んでいるかのように語り始めた。

「まず、ステュアート家あてに使いを送ります。あなたは今日、このままハーバート家に泊まり、明日、直接修道院に向かうことにすると伝えます――私があなたとの別れを惜しみ、強く引き留めた、とでも言えばいいでしょう」

「……はい」

 エリスは戸惑いを覚えながら、小さく首を縦に振った。

「明朝、あなたを乗せた馬車は修道院に向かいますが――途中で野盗に襲われ、あなたは殺されます」

「……!」

 エリスは体をこわばらせた。

「しかし、あなたの死体は見つかりません。我がハーバート侯爵家は、大切なご令嬢を大変な目に遭わせてしまったということで、ステュアート家にそれ相応の慰謝料を支払います。そのお金があれば、あなたのご両親は生涯生活に困ることはないでしょう」

 ここまで言い終わると、ハーバート侯爵夫人は、姪二人を帰らせ、エリスだけを部屋に残した。

 直後、ハーバート侯爵夫人は、呼び鈴を鳴らし、間もなくして部屋に入ってきた召使いに何事かを言付けた。

 自分で決めたこととはいえ、エリスは、今後自分の身に起こるであろうことを考えると、緊張で身が固くなっていくのを感じた。

 その反面、エリスの向かいに座っているハーバート侯爵夫人は、非常に落ち着き払っているように見え、エリスは以前耳にした、年配の貴族たちの噂を思い出していた。

 ――ハーバート侯爵夫人の欠点は『女』ということだけ。『女』でなければ、国王になれたかもしれない。それも歴代最高の王に。

(そんな風に噂される方だもの。信用するしかない)

 長い時間が過ぎ去ったように感じた時、ドアがノックされ、ハーバート侯爵夫人がドアの外にいる人物を呼び入れた。

「失礼いたします」

 そう言って入ってきたのは、黒の燕尾服をまとった長身の男性であった。