「エドワードが物心つく頃になると……ジョナサンの身の回りで、不審な出来事が頻発するようになりました」

 ハーバート侯爵夫人はぽつぽつと語り始めた。

「ジョナサンの身を案じた私は、ジョナサンを他国の寄宿学校に入学させ、ここから避難させることにしたのです」

「寄宿学校……ですか?」

「そう、あなたも聞いたことがあるでしょう。ウィンストン校のことを」

「はい、名前は聞いたことがあります」

 ウィンストン校は、男子だけが入学できる名門の寄宿学校である。

「ウィンストン校は、ここから西の方角にある永世中立国シュヴィーツにあります」

「西……!」

 エリスは、無意識のうちに占い師の老婆からもらった小袋を握りしめていた。するとどうだろう? 『西』という言葉に反応するように、小袋の中に入っているものが微かに動いたような気がした。

 エリスが驚き戸惑った表情をしていると、

「どうかしましたか」

 とハーバート侯爵夫人が声をかけてきた。

「いえ、何でもありません。続きをお願いします」

 エリスは慌ててその場を取り繕った。 

「ジョナサンは、ウィンストン校で偽名を使い、身分を隠し、普通の生徒として生活していました。ところが……あなたとエドワードが婚約する一年ほど前、ジョナサンは忽然と姿を消してしまったのです」

「……!」

「ウィンストン校内にいる者を、外から無理やり連れ出すことはまず不可能です。ですので、ジョナサンが自らの意思で外に出たとしか考えられません」 

「ジョナサン王子は、なぜそのようなことを……?」

 エリスは素朴な疑問を口にした。

「それはわかりません。ただ、あの子が、何の考えもなしにそのような無謀なことをするとは考えにくいのです」

「では、ジョナサン王子はまだシュヴィーツにいらっしゃるのでしょうか?」

「それもわかりません。ただ……」

 とハーバート侯爵夫人は言葉を切った。

「手がかりがあるとすれば、ウィンストン校です。ウィンストン校にはジョナサンのことを知っている生徒や教職員がまだいるはずですから。彼らから何らかの情報が得られれば、ジョナサンの今の居場所がわかるかも知れません」

 

「では……」

 エリスは一呼吸置き、同席している三人の女性たちの顔を代わる代わる見た。

「私がシュヴィーツに行き、ジョナサン王子を見つけ出して参ります」