エリスとエドワードの婚約が破棄されたという一報は、瞬く間に広がった。しかも、その原因となったのが『娼婦』ということで、人々の好奇心が殊更掻き立てられる要因となった。

 当事者のエリスはもちろんだが、ステュアート家全体が好奇の目に晒された。

 エリスは、家族とどのような顔をして接すればよいのかわからず、引きこもりがちになり、家族もエリスをどう扱っていいのかわからずにいた。

 エリスが引きこもっている間、ステュアート家は、危機に瀕していた。



 エリスの父であるステュアート伯爵は、エリスとエドワードの婚約を機に、事業の拡大に着手した。娘が皇太子と婚約、将来は国王の祖父となるステュアート伯爵に対し、誰もが喜んで出資した。ステュアート伯爵が何も言わなくても、向こうから出資の申し出をしてくるほどだった。担保はもちろん、王家とのコネクションである。

 そのコネクションが突如としてなくなった。ステュアート伯爵に担保としての価値はなくなったのである。

 そのため、出資者たちは一気に手のひらを返した。ステュアート伯爵に一斉に返済を求めたのである。

 もともとステュアート家は裕福であったが、桁が違った。ステュアート家の全財産を処分しても返済できるかわからない。

 そんな時、ステュアート家の負債を一手に引き受けようという者が現れた――マクレーン子爵、いや、マクレーン伯爵である。



 マクレーン伯爵の条件はこうだった。ステュアート家が持つ領地の内、一番辺境にあるものを除き、すべてマクレーン伯爵に譲り渡すこと。そして、その中には現在、エリスたちが住んでいる屋敷も含まれていた。

 他に返済の手立ての無いステュアート伯爵は、マクレーン伯爵の申し出を受け入れざるを得なかった。

 マクレーン伯爵夫妻は、残された辺境の土地に移り住むことになり、エリスと妹のシャーロットは、それぞれ別の遠方にある修道院に入ることになった。



 明日、エリスは修道院に向けて旅立つ予定であった。

 エリスが最後の荷造りをしているとき、ドアがノックされ、侍女のメアリーが入ってきた。

「エリス様、失礼いたします。ハーバート侯爵夫人がエリス様にお会いしたいとのことです」

「ハーバート侯爵夫人が……? 何のご用かしら」

「ハーバート侯爵家よりお迎えの馬車が来ていますので、今すぐ行かれた方がいいかと……」

「そうね。お待たせするわけにはいかないわね」