宮殿からの帰り道――エリスは呆然とした状態で馬車に乗っていた。

 今朝の、エドワードとの一件は、一体何だったのだろうか? あんなにも感情をむき出しにした激しいやり取りは、一体何だったのだろうか?

 今思うと、全てが夢の中の出来事だったように思えてくる。

 エリスは、今ほど自分の無力さを痛感したことはなかった。

 裕福な名門貴族の令嬢として生まれたエリスは、容姿にも恵まれ、何をやらせても人並み以上にこなすことができた。

 そして、幼い頃から王妃になるという自覚を持ち、生まれ持った才能に加え、さらに努力を重ねることで、常に完璧なエリス・ステュアートを作り上げてきた。

 だから、エリスは、自分には不可能はない、自分に手に入れられないものはないと漠然とした自信を持っていた。

 しかし、その自信は今日、脆くも崩れ去った。そして、エリスは、挽回するチャンスさえ与えられず、その場を立ち去ることしかできなかったのだ。

 エリスは、今まで張りつめていた糸がぷっつりと切れてしまったのを感じていた。王妃になれない自分など想像できなかった――ただのエリス・ステュアートに何の価値があるのか?

 エリスが婚約破棄されたことは、すでに両親の耳に入っていることだろう。娼婦に王子を取られたみっともない、恥さらしの娘を、両親はどのような顔で迎えるのか。



 エリスを乗せた馬車は、街の中へと入っていった。

 エリスは、何気なく窓の外を見ていたが、突然、

「止めて!」

 と叫んだ。

 馬車が止まるや否や、エリスは自らドアを開け、馬車から走り出た。

 エリスが向かった先には、不吉な予言をしたあの占い師の老婆がいた。

 エリスは息を切らせながら、老婆の前に立つと、こう言った。

「おばあさん、あなたの占いは当たりました」

「……そうかい」

 老婆は微動だにせず、静かに答えた。

 エリスには、老婆が今日起こった出来事を、全て把握しているかのように思えた。

 だからエリスは、自分から答えを求めることはせず、老婆の次の言葉を待った。

 暫しの沈黙のあと、老婆が口を開いた。

「西へ……」

 と老婆は西の方角を指差す。

「西? 西に何があるの?」

「西に行けばきっとわかる。あんたが探しているものは西にある……」

 いきなり『西に行け』と言われても、エリスには全く見当がつかなかった。だが、この老婆が言うことだ。西の方角にエリスの運命を変える何かがあるのだろう。

「これを持って行きなさい」
 去り際に、老婆はエリスに小さな袋を渡した。
「これは?」
 エリスが尋ねると老婆はこう言った。
「時が来ればきっとわかる。それまで肌身離さず身に着けておきな……」